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マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

100冊のモテ本より、1冊のお妾本のほうが濃くて面白い


もう恋愛の現役じゃないってこともあり「愛され」「モテ」といったキーワードには食傷気味なせいか、こういう本はぐっときますね。

自分の物差しで他人の幸せは計れない、決められない - マリア様はお見通し という記事で紹介した「熱情」という本。
サブタイトルが「田中角栄をとりこにした芸者」とあったので、女の情念の詰まったかなりウェットなものを想像したのですが、全然違いました。奥様(正妻)との修羅場もありませんでした。著者が日陰でひっそりと生きる道から外れなかったからでしょう。

お妾本で大失敗した過去

つまらぬ男と結婚するより一流の男の妾におなり (中公文庫) (アマゾンでレビュー書きました)という本を買ったのに、レビューにも書いたとおり一流の男のお妾さんの生活なんてほとんど書いてないんですよ。著者の自伝みたいな感じ。
これがオンライン書店で買い物をするリスクですよね。立ち読みしてから買える書店ならこういう失敗はありませんもの。
この失敗で懲りずにもう一冊アマゾンで買ったお妾本が「熱情」なのですが、どうしても妻の立場で読んでしまうため「なぜそこでそう思えるのか」と首をひねる部分が多かったものの、それだけ当時の花柳界は特殊な世界だったのでしょう。一般人の自分にはわからなくて当然ですし、そういう部分も含めて面白かったです。

 

http://www.flickr.com/photos/56061919@N03/11657652484

photo by shoottokyo

嫉妬とは無縁の生活

著者は自分を日陰の女と言っていますが、日陰=暗いわけではないのです。日陰でしか育たない植物もあるように、分をわきまえて角栄氏を愛し、支えました。
本書を読んでいると時々角栄氏の奥様の存在を忘れてしまうほど、著者の辻和子氏は本妻に敵対心を燃やすこともなく、目の前にいる角栄氏をただ愛したのです。
愛されているという喜びや確信を得るために「奥さんと私、どっちが好き?」とせまるような安っぽい愛人ではなく、盗みの喜びとも無縁の人。勝った、負けた、ではなく、角栄氏を自分の愛し方で愛しました。愛は型に押し込む必要はないのです。
ただ著者の辻和子さんが、このように田中角栄氏を愛せたのは、辻さんが恋愛で他の女性に嫉妬するタイプではなかったからです。その代わり芸のことになると、ものすごく強い競争心を燃やすプロでした。おそらく彼女の競争心や嫉妬心は、芸の上達の燃料になっていたため、恋愛において嫉妬で身を焦がすことはなかったのでしょう。

「とにかく芸を磨き続けたかった。それにはお金がかかる。お父さん(田中角栄氏)が援助してくれて助かった。愛している人に援助してもらえて、自分は幸せだった」とまで言っていますので、芸に対する思い入れが強かったんですね。

英雄色を好む 第三、第四の女・・・田中氏は一体何人囲っていたの?

本書の中では本妻の存在感が薄れ、まるで辻さんが本妻のように思えてくる記述が多くありました。辻さんが自分を本妻のように見せようとしていた、というわけではありません。彼女はそこらへんはきちんとわきまえていましたから。
例えばどんな部分が本妻のようかといいますと、角栄氏とっては別宅である辻さんの家(角栄氏が正式に旦那になった当初はまだ置屋だった)に、角栄氏が帰ってくるとします。ところが女中のおみっちゃんが角栄氏と口もきかない。ご飯も出さない。
ここで辻さんは「ああ、おみっちゃんの不機嫌の理由は、お父さんの浮気ね」と考えるのです。角栄氏の浮気を知った芸者衆がおみっちゃんに告げ口をした。そしておみっちゃんは自分にとって女主人である辻さんの立場になって、ぷりぷりしているというわけです。
ここでちょっと待てよ、と私は思ったのです。「みっちゃんはお父さんの浮気に気づいたのね」って言うけれど、あなたも浮気相手ですよね?

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他にも辻さんが角栄氏の浮気現場を偶然見てしまった時、「あっちに女ができた、こっちに女ができたって騒いでいたら、芸者なんてやっていられませんよ」と言ったのですが、あなたもあっちにできた、こっちにできたのうちの一人じゃないのでしょうか?とつっこまずにはいられなかったのです。
だけど花柳界ではこういう固い頭では理解しきれない男と女の事情が「常識」なのです。正妻かそうでないかは、毎月のお手当てをいただける限り、まったく重要ではないのです。紙切れにこだわらない女達が暮らす世界。

http://www.flickr.com/photos/28145073@N08/16204528946

photo by Moyan_Brenn

自分は紙切れの約束なんて必要ない。だけど子供はどうだったのだろう

辻さんは愛する人に旦那様(法律で認められた配偶者としての旦那ではなく、芸者を引かせて金銭的に面倒を見る男性のこと)になってもらうことができましたが、全ての芸者がそうとは限りません。生理的に受け付けない政治家に旦那様になってもらった芸者もいました(自分が経営していた料亭への援助を受けるため)。
奥さんや他の女性達(角栄氏は精力的に遊んでいました)に対する嫉妬心がまったくなかったことで、心穏やかに愛することができた辻さんも、自分の子供達に自分と角栄氏がどういう関係であるのか説明しなければいけない日が来た時は、かなり悩んでいました。
角栄氏の葬儀には本宅の心情を慮って、当然のように参列しなかった辻さん。だけど彼女と角栄氏の間にできた長男は子供と弁護士を連れて葬儀にかけつけたのです。ところが焼香を拒否されてしまいました。
著者の子供達は、本宅の人達を傷つけようと思ってこの世に生まれてきたわけではありません。最後のお別れの挨拶くらい・・・と思いますが、自分が正妻だったらどう思うかな・・・。

政治にも女にもエネルギーを費やすことを惜しまなかった人

二つの家庭で夫として、父親としてあり続けるだけの経済力とバイタリティのあった角栄氏。故人が二つの家庭の両立のためにしなければならなかったことは、読んでいるだけで疲れました。主に本宅を立てるためにやっていたことなのですが、例えばどんなに遅くなっても、別宅では一眠りすると本宅へ帰ります。ですから「五分寝かせてくれ」と辻さんに頼んで、本当に五分だけ寝ると帰っていく。私ならもう起きる自信ないですよ。
そして本宅も別宅も都内の一等地に建てるために金を使い、それだけでもすごいと半ば呆れていたら、実はもう一つ家庭があった・・・・。
一国の総理がこんな暮らしをできる時代があったんですね。今の時代に同じことをやったらものすごいバッシングの嵐に晒されたあげく即辞職ですよ。もうこんな時代は二度とやってきませんね。
ちなみに著者が「もう一つの家庭」の存在を知ったのは角栄氏が亡くなってから10年後だそうです。

一人の男しか知らない女の人生。だけどその一人の男が、そこらへんの男を百人寄せ集めてもかなわないような男だった

辻さんのような、近くにいた女性のみに角栄氏が見せた素顔や、陰で重ね続けた努力。多分中卒ということでキャリア官僚には相当バカにされて悔しい思いもたくさんされたはずです。それをばねにものすごい努力をされていました。
こんな風に豪快だけど繊細な男性を愛してしまったら、もう他の男性では物足りなくなってしまったことでしょう。だけど愛しぬくというのはいいなぁと思いました。モテたい、愛されたい、●●してくれ・・・・。今の世の中皆飢え過ぎです。
ああ~面白かった。次は「もう一つの家庭」について読みたいと思います。

もう一つの家庭 「昭 田中角栄と生きた女」→ 読みました。レビュー記事 「

田中角栄を愛した女達 同性として面白いなと思ったのは・・・ - マリア様はお見通し 」

関連記事:ピラミッドの頂点にいる淑女達 - マリア様はお見通し

熱情 ― 田中角栄をとりこにした芸者 (講談社+α文庫)

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