真夏の忌まわしき記憶

夏がやってきます。海水浴や夏祭りと楽しいことばかりではありません。変質者が活動的になる時期でもあります・・・。この時期に嫌な思いをしたことがある人は多いのではないでしょうか。筆者にもあります。

まずは思春期の頃。
これは本当に怖かったし、よく覚えています。ただの性的迷惑行為というよりは、相手が本当に襲う気満々だったから怖かったのです。相手もちょうど思春期の真っただ中にいたのですが、私はこの一件をきっかけに、理性では制御できないほどの男性ホルモンの恐ろしさみたいなものを知りました。

夏休みはほぼ毎日部活動のため登校していました。田舎の中学校ですから、部活の後は練習着からダサい体操着(夏用)に着替えて下校します。友達と途中で別れた後は一人になって歩いていましたが、練習は午前中で終わりましたから、まだ周りは明るかったのです。

20110818 Ogaki-Himawari 1

私と同い年くらいの、自転車に乗った男の子が私の横を通り過ぎていきました。その時に嫌なものを感じたのですが、人通りも交通量も多い真昼間だし何の心配もないと思いました。すぐそこにはコンビニもあります。
それから5分くらい歩くと、さっき自分を追い抜いて行ったはずの男の子がまた私を追い抜いたのです。予感が的中したと思ったら、その男の子は自転車を止めて私が追い付くのを待ちました。
踵を返してもつけてこられるだけですから、来た道を引き返すわけにもいきません。私がその男の子のところまで追い付いてしまうと、私が歩くスピードに合わせて自転車をゆっくりと走らせ、私の名前を聞いてきました。私はなぜか偽名を答えました。その時の自分の心理状態を今でも鮮明に覚えています。
私が歩いていたのは自動車学校の脇ですから、学校のコースで訓練している人達からいくらでも見えるはずなのです。だから何も心配する必要はないのに、私は全身から冷や汗が出てきました。
私は自動車学校のコースに出ている人達や、自分達を追い抜いていく車が完全に見えなくなっていました。思考回路がちゃんと動いていない感じでした。
異性に名前を聞かれることなんて、塾や部活動で会う他校の男の子からいくらでもあるから怖がることなんてないのに、この男の子だけはすごく怖かったのです。今にも噴火しそうな火山みたいで、思春期の抑えきれない性的な欲求を吐き出せる相手を物色しているのが明らかでした。当時まだ処女だった自分にも、このオス特有の匂いはわかりました。
逃げたいのに逃げられないと思ったその時、その男の子の手が私の胸に伸びてきて、体操着の上から触れました。なのに声が出ないのです。その男の手を払いのけることが精一杯でした。走り出すこともできずに、だけど自宅を知られることだけは避けたかったため、自宅付近まできても遠回りをしました。
すると男は私にこう言ったのです。
「触ってみない?」
そういって私の手をとり自分の股間へ持っていきました。その瞬間、私は走り出して、用水路を飛び越えて畦道を走り抜けました。ところがその畦道を走り抜けた先にあるのは見栄っ張りな豪農達の家々です。それらの家々は、どれもこれも植木で目隠しをしてあるため、植木に邪魔をされて曲がり角の向こう側が見通せません。

Saga Thatched Farm House


「曲がり角の向こうにあいつがいたらどうしよう」
そう思うと怖いけど、だからといってそこに立ち止まってもいられないし、走り続けなくてはなりませんでした。自宅にまでついてこられないようにと、時々後ろを振り返りながら走り続け、ようやく家についた時に見た、いつもと変わらず庭の草むしりをしている祖母の姿に、どれほど安堵したか今でもよく覚えています。
だけどこの日のことは、ただ触れられただけで済んだというのに(それだけでも十分嫌だけど)、家族の誰にも言えませんでした。恥ずかしかったのです。畦道を必死で走っている時も、頭の片隅で「この逃げている姿を、知っている人に見られませんように」と願っていました。
だけど3日くらい経ったら無性に腹が立ってきて、あの男が通っている中学校に通う女の子に連絡を取りました。やつの自転車のかごに、学校指定のバッグが入っていてそこについていた名札を私は確認していましたから。
当時はまだメールがありませんでしたから、その女の子には手紙を書きました。
「仕返しをしたいから、やつの住所を教えてほしい」
だけどその女の子からの返事には、こう書かれていました。
「マリアちゃん、ごめんね。力になってあげたいけどそれはできない。あいつ、ちょっと怖いよねって私達の間でも噂なの」
早まらなくてよかったと、今になって思います。報復が恐ろしい。

森っていう男だけど、今はどうしていらっしゃるのかしら。

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