携帯電話がなくても心がつながっていたあの頃


中学校の卒業式を終えてあとは高校の入学式を待つだけ、という風に残り少ない春休みを楽しんでいたある日のこと。
県外に引っ越す親友が遊びに来て、自室でとりとめもない話をしていました。二人とも、きちんとした挨拶を避けていました。元気でね、などと口にしようものなら、絶対に悲しくなるので、あえてバカ話を選んでしていたような気がします。
もうそろそろ帰るという彼女を玄関まで見送ろうと一緒に階下に下りたのですが、その親友は私の部屋に忘れ物をしたとかで戻って行きました。
私は家の外に出て彼女を待ちました。少しだけ一緒に歩きたかったのです。そして交差点のところまでくると、ついにその時がやってきてしまいました。じゃあね、元気でねと言わなくてはいけない瞬間。

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photo by bekassine...


二人とも苦手なことはさっさと済ませて、寒さがまだ残る雪国の薄暗い夕方の空の下を彼女は歩いていきました。さっき彼女と二人で来た道を一人で歩く帰り道は、もはや涙をこらえる必要もないので気持ちは少し楽になりましたし、家に戻ると母も声をかけずにそっとしておいてくれたのは、本当にありがたかったです。(そっとしておいてくれたというか、多分帰宅したことに気がついていないだけ)
そして自室に戻ると、彼女からのプレゼントと手紙が置いてありました。忘れ物をしたと言ったのはやはり嘘で、こっそり部屋に置いていってくれたのです。きっと彼女は、直接手渡したらしんみりしてしまうと思ったのでしょう。さよならが苦手な私のことをよく知っている彼女らしい優しさに触れ、また涙があふれ出てきました。

携帯電話がある今の時代に同じことをされたら、私はすぐにメールか電話をしていたと思いますが、当時は携帯電話がありませんでした。もう中学校も卒業し春休みに入っていたので、翌日学校に行ったらお礼を言うということもできませんでしたから、その日の夜、少し時間をおいて彼女の家の固定電話に電話しました。
知りたいこと、伝えたいことがすぐに携帯電話でどうにかなるのは本当に便利ですが、伝えられずに心の中で温めたり、くすぶらせていた時代もなかなかよかったなと思います。