マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

旅人を見つめる何かが潜んでいる 阿賀野川沿いを走って福島へ

子供の頃は理由も特にないけどなぜか苦手で、できることならば近づきたくなかった場所や景色。だけど大人になってみるとそこが実はとても相性がよく、自分にとって聖地のような、また畏敬の念を感じてしまい、何度も訪れてしまう。そんな場所はありませんか?発しているバイブが自分に合う場所。


スピリチュアル系の記事ではありませんので安心してこの先をお読みください


旅人がひれ伏さずにはいられない空気を感じる阿賀野川沿いの景観。阿賀野川沿いを電車なり車なりで走ったことがある人にはわかってもらえると思いますが、ここを走っていると「何かいる」と感じてしまうのです。
それが鬱蒼とした樹林の中から感じられるものなのか、それとも大きく動く歴史の中でもゆったりと流れ続けた、ややおどろおどろしい一面を見せる阿賀野川の中なのかはわかりません。精霊なのかよくない霊なのかもわかりません。阿賀町は阿賀野川ライン下りをアピールするために渓谷美という表現を使っています。確かにどの季節に乗っても美しい景観を楽しむことができるのですが、私はそのひとことでは表現できないものがあるような気がしてならないのです。

激動の歴史の中でゆったりと流れ続けた阿賀野川

 

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(画像はコトバンクからお借りしました)

私が初めてこの景観を見たのは小学生になったばかりの頃です。夏休みの思い出にと、親戚達と集まって奥阿賀の宿に泊まることになりました。当時の私は自分よりもちょっと年上のいとこたちが苦手でしたから(からかわれるから)、大自然の中で彼らと遊ぶのは気が向きませんでした。とはいっても、ポータブルのゲームも携帯電話もない時代でしたから、子供が一人で旅館の部屋に籠っていてもやることがなく、逃げることはできないとわかっていました。そう考えると往きの道中も気が重くなり、そこに追い打ちをかけるかのように待ち構えていたのが、この阿賀野川沿いの景観でした。父の運転する車の後部座席からこの景色を見て、気味が悪いなぁと思ったものです。幼いながらに「何かいる」と感じていました。神秘的というのとは少し違う感じです。ところが大人になり、車の免許をとりたてで遠出を強く望んでいた義姉とともに阿賀野川に沿ってドライブしてみると、このおどろおどろしい景色に強く惹かれたのです。この河川沿いだけ時間の流れが違うとでもいいましょうか。

緑は目に優しいといいますが、緑といっても様々なトーンがあります。例えば上越新幹線を浦佐駅で下車し、在来線である上越線に乗り換えて小出駅あたりまで車窓から見える緑は、厳しい冬を耐えた山々が短い夏の日差しを目いっぱい浴びて輝いている、明るく且つ深い緑です。発する気が陽。
対する阿賀野川沿いの緑は、同じ雪国なのに緑がくすんでいて発する気が陰なんだけど、樹々や阿賀野川が自分達にとって何かを語り掛けているのではないかと錯覚してしまう迫力があるのです。まるで時がとまってしまっているような感じ。
それが雪化粧をすると寂寥感が漂います。

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(画像は角屋旅館様のウェブサイト阿賀野川ライン舟下り 冬・船から見る阿賀野川の雪景色からお借りしました)

見守られているの?見張られているの?
どちらなのかはわかりません。だけど何かを感じずにはいられないのです。行き交う者を見つめる、悠久の歴史の証人のたたずまい。戊辰戦争の舞台になった会津から流れてきて、新潟県に入るとその名を阿賀野川と変えるこの川の流れが運ぶものに惹きつけられずにはいられません。

地理的には新潟県だけど文化的には福島県

こうしてずっと見守られ(?)、雄大な自然から囁きかけられているような気分のまま車を走らせ続けると、阿賀町の一部であり糀屋が多いことで知られる旧津川町に到着します。盆地ですから冷え込みが厳しい。ここまで来て感じたことなのですが、阿賀町は行政上は新潟県に属しますが、文化的には福島県の色が強いのです。至る所に会津藩だった頃の名残があるような気がして・・・会津藩がどんな場所だったのかよくわからないけど、とにかく自分が育った新潟とは何かが違うのです。そしてそこにある有名店・山崎糀屋で無添加の味噌を買い、さらに走り続けます。そこで感じるのは、福島県の会津若松駅と新潟県の新津駅を結ぶ磐越西線は、見事なまでに阿賀野川に沿って引かれたのだということ。ですから車の旅でも電車の旅でもこの景観が楽しめるのです。

旧津川町をさらに進んでいくと、かつて宿泊した旅館がまだあった!!

ホテル角神


なんか嬉しいなぁ。都会の喧騒から完全に切り離されたような環境で、静寂にもてなされているような気分です。外を散策しても楽しい。

白虎隊の墓 どこからともなく現れた語り部のような男性

そのまま車を走らせ続けついに福島に入ります。ここまで来たら喜多方ラーメンを食べよう!というのは後回しにして、白虎隊士十九士の墓に向かいました。そして墓の前までくると、突然どこからともなく高齢の男性が現れたのです。そして白虎隊士の少年達の悲しい最期について語り始めました。

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墓守の方なのでしょうか。ぼそぼそと早口で話されていたのと、イントネーションの違いで正直言って話の内容のほとんどがわからないままだったのですが、お線香を持ってこなかったことをその時になって初めて悔やみました。雪解けの始まった墓地の向こうにその男性は消えていきました。

Footprints


再び新潟に戻り、羽越本線沿線へ。

阿賀野市 瓢湖(ひょうこ)は冬がおすすめ!

同じ阿賀がつくけど、阿賀町とは全く雰囲気の違う阿賀野市。そしてそこにある人造湖、瓢湖

角屋旅館様のツイートを見ると既に白鳥が飛来しているそうですが、私は冬の瓢湖を強くおすすめします。ちょっと異国情緒があって、デートスポットとしても、家族連れでも、友達同士でも楽しめます。
角屋旅館や阿賀野川ライン下りの発着所「阿賀の里」がある東下乗駅から磐越西線で新潟方面の新津駅に向かい、そこで羽越本線に乗り換えてそこから二つめの水原駅が瓢湖の最寄り駅。ここまでくるとさすがに会津藩の名残はなく、完全に新潟市のベッドタウンという感じで俗世間に戻ってきた感じがします。

福島県の猪苗代湖もそうだけど、この湖で白鳥や鴨が戯れる姿を見ていると、そこが日本であることを忘れてしまいます。突き刺すように冷たい空気が顔にふれて人間は縮こまっているのに、鳥達は大はしゃぎ。
この瓢湖の近くにあるショコラ亭で売られている新潟の地酒を使ったチョコレートはおすすめです♪

Northern Pintail

瓢湖からさらに北へ進み、電車だと水原駅から羽越本線で二つ目の月岡駅で下車すると、有名な月岡温泉があります。

以上、新潟県下越(かえつ)地方をご紹介しましたが福島県寄りでしたので、今度は2019年10月5日に誕生した観光列車「海里」に乗って、同じ下越地方でも山形県と県境を接する地域をご紹介しようと思います。都会の人達が観光地としてイメージする新潟は越後湯沢に代表される上越(じょうえつ)地方ですが、そちらの紹介記事はこちら>>川端康成の書かなかった雪国 - マリア様はお見通し

真性魔性の女(3)

興信所を使われて結婚が破談になったといえば、宮本輝氏の血の騒ぎを聴けというエッセイに書かれていた女性を思い出します(確かこのエッセイだったと思いますが違ったらすみません)。
ある企業の御曹司が婚約した女性なのですが、とにかくよくできた女性だったのです。だけど父親は「できすぎで怖い。何かある」とどうしても気になって、探偵を雇って素性を調べたのです。見るからに「何かある」から興信所を使われるケースは多いと思いますが、あまりにもできすぎていて怖いから興信所を使われる女性というのも魅力的ですよね。
話を元に戻しますと、そのできすぎていて怖い女性は、なんと御曹司と同時進行でうんと年上の既婚男性と不倫関係にあることが発覚しました。
もちろん結婚は破談になりましたが、私の想像ではこの女性はすぐに新しいカモ、しかも破談になった相手と同等の資産を持つ男性を見つけて捕らえたと思いますよ。

関連記事:真性魔性の女(2) - マリア様はお見通し

自分の人生に要らない人だと思う瞬間

20代後半くらいになった頃から、人間関係の整理の必要性が定期的に頭をよぎるようになりました。「もうこの人と関わるのはやめよう」と思っても、その人にはよいところもあるし、完璧な人間などいない、相手も私の悪いところを受け入れてつきあってくれていると思うと、なかなか整理がつかないものです。だけど相手に対してなんともいえない嫌な感じというか、受け入れがたいものを感じたら、その感覚に従っていいと思います。なぜなら「もうやりとりをするのは今後一切やめよう」と思うきっかけになる出来事は必ず遅かれ早かれやってくるのです。


私の場合は知人Bのあるひとことが引き金となり、それ以来まったくこちらからは連絡をしていません。テキストメッセージが来ても放置。
Bは明るく話も面白いため、友達が多い女性でした。一見「なんか嫌な感じ」の正体になる闇を抱えているようには見えません。まさにこんな感じ>>一見それとわかりにくい疫病神達 - マリア様はお見通し

だけどつきあっていくうちに見て見ぬふりをしきれなくなったのが、彼女の卑しさでした。詳細はここでは書きませんが、そういう人とつきあう時間がもったいないと思いつつもBをばっさり切り捨てることができなかったのです。話が面白いから。私も愚かでした。
しかしある日、Bが何気なくいったひとことで「ああ、終わったな」と自分でも驚くくらいすっきりとたちきることができたのです。自分の好きなように生きてきてその結果子供には経済的に苦しい生活を強いたB。それでも「うちの子は幸せ」と彼女は言っていたし、確かに傍から見たら貧乏でも子供は幸せだったのかもしれません。その子が幸せかどうかは周りが決めつけることではありません。
だけど大人は我慢できても、同じ我慢を子供に強いるのは酷です。貧乏の原因を作っている本人はそりゃ耐えられるでしょう。貧乏は自分の選択の結果なのですから。だけど自分が好きで貧乏になったわけではない子供は、お金がないゆえに手に入らないものが増えていけば、当然他の子供に対する羨ましいという気持ちがどんどん大きくなり、それを抑え込むことすら難しくなります。
それでもずっと我慢を強いられ、その分早く大人になってしまい物分かりのよかったBの子供。その子供に対し、Bが「うちは貧乏だけど、勉強は頑張って。そして親を養える立派な大人になってほしい」と言うのを聞いた時、自分の中で驚くくらい穏やかに、静かにすっと灯が消えたのです。人間関係の整理というと、誰かに対しもう耐えられないという感情が爆発してようやく整理に至るというイメージを持っていた私ですが、最後は本当にあっけなかったのです。燃えカスも出ない。
私にとって誰かを自分の人生から削除する時の引き金になるものは、嫌悪ではなく軽蔑なのだと思いました。


人間関係の整理に関する記事

この言葉を見たらそのブログ記事の先は読まない、という言葉

思いついたら随時追加していきます。

目にするとイラッとする単語や表現。これらのうちの一つでも目にしたら、その文章の続きは読みません。ブログであれば、二度と読みません。

  • 形容詞・副詞としての【鬼】【神】
  • 例:「鬼ウケる」「神曲」など
  • リスペクト
  • 一人称が「アタシ」
  • 偽装天然の匂いが漂う表現
  • 例「『落し蓋』って書いてあったから、蓋を落としてみたら彼氏に笑われちゃったー」「え?ホタルイカって足が早いの?イカが走るところなんて想像できなーい」等
  • 無意味に片仮名が多い
  • 例 恋愛をあえてレンアイと書く(そのセンスがもう無理)、キレイなカラダとかもう薄っぺらくて嫌です
  • 「〇〇ですが、何か?」
  • 10年前くらいにアメブロで書いていた頃、やたらとこの書き方を使う人達ばかりでうんざりしてしまった。今でも時々見かけるので早く死語になってくれないかなぁと祈っている。ちなみに当時はブログを書く時に一人称にオイラを使う女もすごい勢いで繁殖していてわけがわからなかったけど、どうやら眞鍋かをりさんの影響だったらしい。

 

タリーズのクリームソーダにはまった理由

今年の夏、この飲み物に1万円近く使っています(汗)。
タリーズのクリームスプラッシュ。クリームソーダみたいな飲み物です。

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この画像だとあまり美味しそうに見えませんが、はまった理由はこの飲み物は大人のクリームソーダだから!店員さんに「よくかき混ぜて召し上がってください」と言われたのですが、すっかり忘れていてまずはアイスクリームを一口、二口食べてそれからストローをさしてかき混ぜずに一口飲んだら・・・・

SPLASH!

かき混ぜなくてよかった!!!!!!
まずは無糖の炭酸水が喉を潤してくれました。このシャープさは蒸し暑さを吹き飛ばす!アイスクリームの甘さとこの無糖のシャキッとした炭酸水の対比がとても美味しかったため、その後もあえてかき混ぜずに飲み続け、そして残りが少なくなってくると、底にたまっていた国産メロンを使ったシロップに到達。本来ならばこれと炭酸水、アイスクリームをよく混ぜて飲むべきなのですが、残しておいたことにより最後のお楽しみのようで美味しかったです。ソーダ、アイスクリーム、そしてこのシロップが底に溜まっていて、それを飲んでご馳走様でしたー!期間限定だからもうそろそろ姿を消すでしょう。それまであと2杯くらいは飲みたいです。