マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

うちに何かいる

12歳くらいまでお盆が近づくと憂鬱でした。なぜならお盆になると私の実家ではいつもにもまして言葉ではできない重苦しい「気」が漂ったからです。早く寝静まる農村の夜の闇に浮かぶ我が家の庭の石灯篭の明かりは、幼い私にはいつもと違う妖しい光に見えました。13歳になると、部活動で普段体を酷使するようになったため、夜が来るとお盆であろうとも目を閉じれば3秒で眠れるようになりましたが、それ以前は毎年お盆になると何かしら聞いたり見たりして震えあがっていました。

Nara Chugen Mantoro (2)

それが怪奇現象だったかどうかは、今になってみると自分でもよくわかりません。怖い、怖いと思っているから何かが見えたように、聴こえたように感じるだけだったのかもしれませんから。
「お盆はご先祖様が帰ってくるんだぞ。知らない人じゃないんだから別にちょっとくらい何か聞こえたり見えたりしても怖がらなくていい。マリアに意地悪するわけないんだから」
父がそう言いながら笑ったものです。毎年8月13日の夕方になると祖父、父、兄、弟、そして私の5人でご先祖をお迎えするためにお墓参りに行くのですが、私は父に見つからないように、自分が持たされていた提灯の炎をそっと吹き消すのです。炎の明るさを頼りにご先祖様が帰ってくるのだとしたら、その明かりを消してしまおう。そうすれば彼らは帰ってこれないし、私も怖い思いをしなくていい。だけどすぐに父は気づいてしまい、私の真意など知らない父は「マリアの提灯の火が消えちゃったな。ほら、こちらによこしなさい」と言って私の提灯に再び火をともすのです。お盆の夜特有の気配のようなものに最も怯えていたのは、6歳~9歳くらいだったと思います。

 

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私はその頃この襖の向こう側で祖父母とともに寝ていました。8月でもとても心地よい北風が入ってくる寝間で冷房要らず。網戸にカブトムシがとまっていることもありました。でもその寝心地がよいはずの北向きの部屋で、私はお盆になるとどうしても眠ることができませんでした。両親は信じてくれませんでしたが、確かに誰かが私や祖父母の周りにいて、ふぅっと漂っているのです。
「怖いと思うから眠れないのよ。そんなにこの寝間が怖いなら2階の自分の部屋で一人で眠ればいいじゃない」
母はそう言いましたが、死んだ人達は2階に上がってこれないとでもいうのでしょうか。こういう時、母は絶対に「じゃあパパとママと一緒に寝る?」と言ってくれないのです。理由はご想像におまかせします。
月日は流れ、私は中学生になりもうお盆が近づいているからといってどうのこうのということはまったくありませんでした。
ある日のこと。家庭訪問で担任の先生がやってきました。茶の間にお通しして、私の母と30分ほど雑談をして帰って行かれたとのことですが、先生が座っていた茶の間と座敷の間の襖は開け放っておいたので、先生からは仏壇が丸見えでした。私がその日部活動を終えて帰宅し食卓につくと、母が言いました。
「ねえマリア、今日先生がうちにいらしたのは知ってるよね?先生、反抗期の真っただ中のあなたのことをたくさん褒めてくれたの。ママもあなたのことで先生とゆっくりお話ができてよかった。だけど先生、立ち上がる前にこう言ったの。『マリアさんとはまったく関係ない話なのですが、お母様、ちょっとよろしいでしょうか?』って。何を言われるんだろうと思って構えていたら、こう言われた。『あの、ここに座ってからずっとあのお仏壇が気になってしようがないんです。一度見てもらった方がよいと思うんです』ママ、救われたと思ったわ。実はね、誰にも言ったことがなかったんだけど、寝室で寝ていると、毎日じゃないんだけど時々おかしなことがあって本当に怖い思いをしていたの。よく考えてみたらママ達の寝室ってお仏壇の真上でしょう?それが何か関係しているんじゃないかと、今日初めて思った」

同じことを細木数子が言っていたとしたら金の匂いがしますが、私の担任の先生は仏壇・墓石屋とはまったくつながりがありませんでした。そしてなんというか、勘が妙に良い人でした。母は思い切ってこの家で自分の身に起るようになったことを先生に話したそうです。
そろそろ寝ようかな、と思ってTVを消そうとするも消えない。怖くなって隣の部屋にいる私の兄を呼ぼうとするも、声が出ない。すると体がふっと天井まで浮いてしまいそして下に叩きつけられる。夢なのか現実なのかもわからなくなって、気が付くと全身汗でびっしょりになっている・・・・。
そして不思議なことに、その家庭訪問以来奇怪な現象が母の周りで起らなくなったのです。家にいる限りは。旅行先などではやはり「訪問者」が来てしまうようです。


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日本海ひすいラインからの眺め

北陸新幹線に乗って糸魚川(いといがわ)で下車し、えちごときめき鉄道の日本海ひすいライン乗り直江津(なおえつ)へと向かいました。

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 何も考えずに改札を出ようとすると、「ひすいラインの発車まであと〇〇分ほどありますが、もう出られますか?駅員さんから確認されました。田舎の駅員さんらしい温かさが感じられます。ちなみに新潟でJRの職員といったらかなりハイスペックです!

ひすいラインのホームの向こう側には大糸線が停車しています。大糸線から見える景色の美しさを夫に説明したら、冬になったら乗りに来よう!と息巻いておりました。
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ひすいラインの車内は撮影し忘れましたが、通路を挟んで両側に二人掛けの席がそれぞれ10個くらい並んでいる小さな電車です。眺めはこんな感じで、空と海と古民家のみ。

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プールで泳いでから帰宅すると一目散に台所に行き、冷凍庫の中から一番美味しそうなアイスクリームをとって冷房の効いた部屋でTVを見ながら食べていた子供時代を思い出してしまう、ノスタルジーあふれる風景です。
ちなみに我が家に友達や従姉妹たちが集まると、大量のアイスクリームの中からそれぞれ好きなものを選ぶのですが、誰にも選ばれずに残るのはいつも決まって桃太郎(新潟県でのみ販売)でした。

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だけど大人になって帰省し、桃太郎を見た時はすぐに購入してしまいました。これを見ただけで子供の頃の夏休みの思い出が蘇るようです。
しばらく走ると、まだまだこの青のグラデーションと古民家のみという風景が続きます。

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 ここに暮らせと言われたら大変そうですが、こうしてたまに眺めるには最高です。ほんとに高層ビルが一つもない。マンションをはじめとする集合住宅すらない。夫は窓の外を眺めたまま一言も発しませんでした。そのくらい心を奪われてしまうのです。

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直江津に近づいてくると、民家の数も増えてきました。

 

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そして上越市直江津に到着。豪華客船をイメージした駅舎だそうです。

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糸魚川駅を下車した時は「ああ、海が近いんだな」という感じを空気で感じましたが、直江津駅はそれほどでもありませんでした。あたりを散策してみましたが、駅前は寂れていて、とにかく寺院が多く、結局10分ほど歩きましたが海を見ることはできませんでした。私達が変な方向に歩いていたからかもしれません。

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上越市の主要機関や繁華街はおそらく高田駅の方に集まっているのでしょう。夜桜で有名な高田城もありますからね。ただし寂れているといっても糸魚川とは違い若者が結構歩いていました。それにしてもやはり裏日本はどんどん取り残されていっている感じは否めません。こうしてひすいラインに乗ってみたものの、この情緒というか素晴らしいノスタルジックな光景は大人の心を打つことはあっても、子供達は喜びません。だから家族連れ客を呼び込めない。
大人の皆さん、夏の日本海の美しさに癒されに来てください。

 

cantfoolme.hatenablog.com

 

Wendi Deng Murdoch(9)メディア王の用意周到な離婚

ルパート・マードックは戦わずして勝ったといいましょうか。やはり一代でこれだけの財を築いた人を敵に回してはいけません。したたかでがめついゴールドディガーである妻のウェンディですらかなり動揺するような方法で、離婚を申請したのです。

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Photo: Lucy Nicholson(NBC NEWS Rupert Murdoch, Wendi Deng reach divorce deal)

 
互いへの愛情がなくなって冷え切っても、夫婦ともにメリットがあれば婚姻関係はそう簡単には解消されません。特にルパートほどの財産を持っていれば、妻がクリーナーを雇ってしっかりとその半分を持っていくであろうことを考えると離婚は非常に高くつきますから、離婚に要する労力や金銭的な理由からも仮面夫婦を演じていた方が利口なのです。それではルパートに離婚申請をさせるような引き金となったのはなんだったのでしょう?

自分にとって圧倒的に有利に離婚できるタイミングを探していたルパート

シリーズ(1)から読んでいる方はもうお気づきかと思いますが、私は引き金になるものがあったというよりは、むしろこの婚姻関係から面倒な財産分与なしで逃げ出すためにルパートが探していた出口が見えて、そこに無事辿り着くための戦略を完璧に立てただけだと思います。
彼女が持つバイタリティ、賢さ、そして自分を喜ばせることだけを考えていてくれたウェンディに夢中になって結婚したはよいものの、新婚早々彼女の過去に関する暴露記事がウォールストリートジャーナルに掲載されてしまい、「僕はもしかして相当たちの悪い女に捕まってしまったのだろうか・・・・」と気がつくも、時すでに遅し。ですから「ウェンディ側に非があるから自分から離婚を申請する」形を狙っていたのでしょう。そしてその出口がこれでした。

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画像はMore evidence of Tony Blair-Wendi Deng relationship emerge - World Newsからお借りしました


妻とブレア元英首相の情事です。ルパートは自らが所有するメディアを通じた間接的な支援によりブレアを首相にした男と言っても過言ではありません。となると、まるでブレアが恩を仇で返したように見えますが、実はルパートは救われたのではないでしょうか。ブレアのような著名人と自分の妻の不倫関係が持つニュースバリューの大きさから考えると、世間に対しルパートは「親友と妻というかけがえのない二人の人間に同時に裏切られた哀れな夫」と自分自身を印象付けることができます。
二人に裏切られてまったく傷つかなかったといえば嘘になるでしょうけれど、そういう感情をコントロールすることにより、ヒステリックでF bombを落としまくるなど言葉使いが荒く汚い粗野な妻を捨てるチャンスとして利用したのではないか、と私は思うのです。

水面下で行われた奇襲準備

このチャンスに飛びついたものの、さすがそこはルパート・マードックですから下手に騒いでそのチャンスを自ら台無しにすることはありませんでした。メディア王が瞬発力と集中力を持ってしかける先制攻撃ほど恐ろしいものはありません。
まずはマードック家や別荘で働いているスタッフ達へ、ウェンディに勘づかれないように極秘で聞き込みを始めました。ウェンディの粗暴で高圧的な態度やヒステリーを理由に、多くのスタッフが彼女をよく思っていませんでしたから、ブレアとのことはもしかすると彼らから妻への仕返しのための噂という可能性もあったかもしれませんから。ただ火のない所に煙は立たぬと言います。妻と親友の間に男女関係が確かにあったこと(まさにその時も続いていたかもしれません)を確認すると、ルパートはついに斧を振り下ろしました。

ウェンディにとっては寝耳に水だった一方的な離婚申請

ウェンディとブレアの関係は、マードック家で働いている人達が勘づいたものだけでも2012年の秋から始まっていました。そして2013年6月13日に妻への事前通達なしで、ニューヨークの裁判所においてルパートから離婚申請が行われました。しかも妻に事後報告したのはルパート本人ではなく弁護士。そのすぐ後に何者かがウェンディとブレアの不倫関係をリークし、ハリウッド・レポーター誌が24時間以内に不倫関係に対するブレアからの否定を掲載したのです。尚、離婚申請を公にしたのは、二人の娘達の学校が休暇に入ってからでした。(新学期が始まって心無い残酷な言葉を耳にする前に)ルパートが娘達にきちんと個人的に説明するためです。
かつては盟友だったブレアからの電話をルパートはすべて無視。知人達を通じて「二度と話す気もないし電話をかけてくるのもやめてほしい」と伝え、ウェンディからの電話には応答するも「もうこれ以上話すことはない」と言うだけ。実は離婚申請される4か月前にジャーナリストが離婚の噂の真偽をウェンディに確認したのですが、その時「離婚なんてするわけない」と答えたように、まさかルパートが離婚を考えているなど彼女の頭をよぎらなかった分、衝撃の大きさが想像できます。

共犯者達(ウェンディ&ブレア)の反応

離婚成立までにかかった時間はたった5か月。ルパート・マードックほどの富豪の離婚にこの程度の時間でけりがつくのですから、もうこれはルパートの作戦勝ちでしょう。ウェンディも敵に回した相手がまずかった。ルパートが離婚を申請した直後、彼女は親友に電話して「ルパートが私と離婚しようとしているの。なぜなのかわからない。私は何もしていないのに」と言ったそうですが、「何もしていないのに」は嘘でしょう~と思いました。なぜなら離婚申請が公になってから、ブレアもウェンディも代理人を通じてインタビューを拒否しているのです。後ろめたく感じるようなことなどしていないのなら堂々とインタビューに応じればよいのに。

ウェンディが離婚の際に受け取ったのは14,000,000ドルの慰謝料(結婚生活1年につき1,000,000ドルずつの計算)と北京そしてマンハッタンに豪邸を一軒ずつ、宝石、そしてアートコレクションの半分。アメリカで最も裕福な人間の一人である元夫にしてみればこれはたいしたことはなかったでしょうし、この程度でおさめて離婚するためにも、元妻とブレアの不倫関係を利用する手はなかったということでしょう。自分の存在を背徳というスパイス代わりにして火遊びを楽しんだ二人を一撃で仕留めたわけです。すごいなルパート。

次回は完結編として、イエール大マネジメントスクールを卒業してもまったく才女の香りのしない英語しか話せない彼女が、どうやってセレブリティ達とのネットワーキングをしていったのかについて私の考えを書いて終わりにしたいと思います。

官能的且つ幻想的 つける人を選ぶオリエンタルな香水が持つストーリー性

セルフセラピー ゲランの調香師の力に癒される - マリア様はお見通しという記事にMira様が投稿されたコメントを読んで以来、ゲランのShalimar(シャリマー)という香水がずっと気になっていました。そして先日ゲランのカウンターに立ち寄り、やっと試してみたのですが、その香りを嗅いだ瞬間時が止まりました。

 

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嗅いだ瞬間、走馬灯のように思い出される「夏の夜の思い出」の数々。すっかり忘れていたと思っていたはずの終わった恋、失った愛の残像が香りとともにふと見えた気がする。そして今まさに身を焦がしたり、現を抜かしてどっぷりと浸かっている恋のスパイスにもなりそうです。じとっとまとわりつくような熱気や汗と絡み合って昇華するとどんな香りになるのだろうと思わせる、官能的な香り。またやや背徳的でありながら高貴。人に例えたらシェヘラザード。
オリエンタルな香りなのですが、同ブランドの「ミツコ」(「ヨーロッパから見た日本のイメージを香りにするとこんな感じなのか」という香り)にはまったく惹かれなかった筆者も、このシャリマーは好きとか嫌いとかそういうものを超越している香りだと思いました。

インドの大帝と愛妃の情熱的な愛の物語に感銘を受けて誕生した「シャリマー」。サンスクリット語で“愛の宮殿”を意味するこのフレグランスは、ふたりが誓い合った永遠の愛を象徴する、情熱をかき立てる官能的な香りです。フレグランス界を代表するオリエンタル系フレグランスとして知られる「シャリマー」は、くすぶるような、それでいてかすかな気高さを感じさせる香りが魅力。禁断の愛を思わせるセンシュアルな香りが肌を包みこみます。 「シャリマーをまとうことは、感覚の波に自らを任せることだ」とジャック・ゲランは語っています。 レイモン・ゲランがデザインした「シャリマー」のボトルは、1925年にパリ万国博覧会で最高賞を受賞。その曲線は有名なシャリマー庭園の泉からイメージされたもの。扇形の透明なサファイア色のキャップは、シャリマー庭園に永遠に流れる噴水を象徴しています。
ゲランの公式サイトより引用


(シャリマー庭園)

The marble pavilion at Shalimar Bagh, a Mughal garden in Srinagar, Kashmir, India

 

「合コンにこれをつけていくと男性達に『いい香りだね』って言われるんです」という理由から売れる香水はその時代によって異なりますが、爆発的に売れてしまった分、三歩歩くと同じような香りの人にあたってしまう。素晴らしい香りなのに没個性的な感じすらします。
そういうものとは対照的な位置にあるのが、シャリマーです。この香りを大衆的なイメージと結びつけることができません。多くの消費者によって利用されるけれどすぐに忘れ去られるような香りではなく、つける人を選ぶ。

(ダル湖。シャリマー庭園はこの湖の東岸にあります)

Dal lake dreams!

シャリマーの香りはこの画像の空の色のよう。人の心をしめつけるような、高ぶらせるような色。夜の闇に包まれる直前、あるいは日が昇り始めるその瞬間といった、いずれも短い時間にしか自然が見せてくれない幻想的な表情のよう。


関連書籍



 この香りで思い出したのが、映画「カーマ・スートラ」のサントラ。どの曲も悲哀を含んだセンシュアル且つ洗練されたものですが、その中でもA Jewel of the GutterからRed Hisibscus on Skinへの流れのエキゾチックな感じがシャリマーの香りにぴたっとはまりました。

Kama Sutra: A Tale of Love

Kama Sutra: A Tale of Love

  • Mychael Danna
  • ワールド
  • ¥1500

 1曲目のOmiyaは、今思えばうつ病だったのだろうと思う頃によく慰められた旋律でもあります。
ここまで絶賛しておきながらシャリマーは購入に至りませんでした。これは現役で恋愛をしている女性の方が似合う香りだと思うから。

「とにかく女子高校生を眺めていたかったのです」


私がまだ小学生の頃、お台所の北側の窓を開けると見えたのは田園風景、そしてその向こうには高校でした。多くの運動部が思う存分練習しても余裕がある大きなグラウンドで汗を流す高校生達の声も聞こえてきました。
そして東側の窓の外に見えたものは団地に続く農道と、そこにいつも停まっている不審な車両。交通量が少ない農道ですからほぼ毎日、一日中停車していても誰の迷惑にもなりませんが、私の両親は気味悪く感じていました。

「まあ・・・今日はうちの畑の脇に停まってる」
母は観察を続け、このように不審車両が時々移動することも発見しました。だけどわずかに移動しても決して我が家からは離れない。家族全員で我が家がターゲットだと思い始めていました。
その不審車両に乗っていたのは当時の私の目から見て20代後半くらいの青年でした。青白くて顔立ちのはっきりした、くせ毛で根暗そうな風貌。私が自分のことを見ていることなど一向に気が付きませんでした。なぜなら不審者はいつも田んぼの方をぼぅっと見ていたから。
しばらくするとこの車をぱったりと見なくなりました。そしてその車のことをすっかり忘れた頃、母がその車に乗っていた男性の話をし始めました。
「ねえ、あなたあのあやしい車覚えてる?いつもそこに停まっていた車。あの人ね、警察に捕まったんだって」
何をやって捕まったのかは教えてもらえませんでしたが、母はこう続けました。
「農道に一日中車を停めて何をしていたと思う?女子高校生をずっと見ていたんだって。それだけが楽しみで、でも同居する両親は仕事に行っているとばかり思っていたみたい」

本当はグラウンドにもっと近づいてフェンス越しに眺めていたかったことでしょう。だけど水田をいくつか挟んだところから眺めていた方が、高校生達に怪しまれることなく遠慮なくじっと眺めていられます。だから我が家の近くに停車していたのです。

 

同じように田舎に暮らす方々へ。敵は学校付近だけではなくこんな風に少し離れたところにもいますので、お気を付けください。

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