マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

Wendi Deng Murdoch(1)彼女がこんなにも気になる理由

アメリカで勉強するために力になってくれたアメリカ人夫妻の家庭をぶち壊し、妻を捨ててまで自分と結婚したアメリカ人男性はグリーンカード取得次第ポイ捨て。その後も男性の金や権力を利用して華やかな世界に上り詰め、The Wall Street Journal誌を所有するメディア王Rupert Murdochとの略奪婚に成功。さらにMurdoch氏と婚姻中にあのトニー・ブレア元英国首相そしてGoogleの当時のCEO、Eric Schdmitと浮気。その結果当然離婚に至りましたが、離婚後はロシアのプーチン大統領との関係が噂されるWendi Deng Murdoch。しかももう50歳ですよ。

そんなことをやってのける女性はいったいどんな美女なんだろうと思ったら・・・・

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ちょっと拍子抜けしませんか?
「西洋人から見たら美人な東洋人」というフォローするのが精いっぱい。瀧波ユカリさんが描いた「臨死!江古田ちゃん!」という漫画に登場した隠れ猛禽というキャラを彷彿とさせます。可愛らしいうえに巨乳でぶりっ子で狙った獲物は必ずしとめるタイプが猛禽なのに対し、隠れ猛禽は「なぜあの子があんなイケメンを・・・?」と周囲が不思議に思うくらい地味なタイプ。Wendiさんは地味ではありませんが、すれ違った異性が振り向くような美女でもありません。
だからこそ私はWendiさんのことが気になって仕方がないのです。
なぜ彼女は大物達を惹きつけることができるのか。

彼女の持つ磁力について、何回かに分けてシリーズとして書いていきたいと思います。

女の友情の終わり 共生できない花だった


どんな友情でも不協和音のようなものが聴こえてくる時はあります。自分が落ち込んでいて友人の幸せを喜べない時(その逆もしかり)、顔を合わせれば話が尽きなかった日々は過ぎ去り、せっかく時間を作って一緒にお酒や食事に行っても、むしろなんとか間を持たせることに必死になって妙な空気が流れるようになったり・・・。
だけどそういうステージを経て成熟していく人間関係もあれば、賞味期限が切れたのかあるいは魔法が解けてしまったかのように、ちょっとしたことが引き金になって終わってしまう場合もあります。

It_is_a_long_way


私はあることがきっかけで距離を置くと決め、それ以来10年疎遠になっている葉月さん(仮名)という女友達がいます。今更友達と呼ぶのも変でしょうか。彼女と出会ったのは互いにまだ学生で20歳の時でした。何をするにも一緒でお互いから刺激を受け、励ましあい、時に衝突もしつつ楽しい日々を過ごした友人でした。
私達が少しずつ互いに「あれ?」と思うところが出てきたのは、社会に出て2,3年経ってからのことです。私は仕事もそこそこやりがいを感じ、仕事仲間にも上司にも恵まれて、恋人もできて充実した日々を送っていました。そして葉月さんと積もる話をするために食事をしても、話がだんだん合わなくなってきたのです。
葉月さんは当時フリーターでした。仕事内容は電話のオペレーターや単調作業、キャバ嬢。彼氏の生活パターンに合わせるために、フリーターという形を選んだのです。彼氏を軸にして回る彼女の生活の中で、若さはどんどん消費されてゆく日々。葉月さんは当時だめんず好きでもあったため、振り回されている自分を楽しんでいるようにも見えました。

「私はマリアがしているみたいな普通に楽しい恋愛じゃ満足できない。私の彼はマリアの彼みたいにちゃんと仕事についていないけど、私が変えて幸せにしてあげたい」

「葉月は自分がまず定職について生活の軸が自分自身になれば、恋愛に依存しなくても済むようになるよ」

声を荒げることは二人とも決してありませんでしたが、淡々と棘のある言葉で相手を否定するようになってしまいました。私も葉月も互いにとって何が幸せなのかということをまったく尊重していませんでした。

私にとっての幸せは、精神的・社会的・経済的に自立して、愛する人達との時間を大切にすること。もちろん、この「愛する人達」の中には葉月もまだ含まれていました。
葉月にとっての幸せは、だめんずが自分に出会ったことによって変わること、更生することで自分の価値を認識することでした。
このように互いに幸せだと感じることはこんなにも違うのに、その違いを尊重できなくなっていたのです。こうなると互いの嫌なところがだんだん目についてくるものです。私は葉月が歩きたばこをしてそのうえポイ捨てするのが嫌いだったし、葉月はポイ捨てするのを咎める私の視線が嫌いでした。「私一人がポイ捨てをしないように気を付けたところで日本をきれいな国に保つことはできない」というのが彼女の口癖でしたから。

彼女とはどんどん会う頻度が低くなっていきました。不思議なことに葉月と会わなくなってもまったく寂しいと思わなかったし、そのことを悲しく思いました。
そして会わないことにより、心にかかっていた靄が晴れた気がしました。見て見ぬふりをしてきたものをつきつけられたのです。私達はもはや出会った頃の二人ではない。
久しぶりに葉月から連絡が来て、ノーと言えずに会う約束をしてしまった私。そしてその日、引き金は引かれました。葉月は既婚者に言い寄られていて、「誘われたからホテルに行った」と言いました。そして彼との情事の後にベッドの上でこう諭したそうです。
「私とこんなことをやっている時間があるなら、早く奥さんのところに帰ってあげるべきなのに」
私はこれを聞いた時、ああ、ついに終わったと思いました。やることやってから「奥さんが可哀そう」というのは、その言葉を口から発しながら妻に対する優越感を利用して快楽の余韻に浸っているようなものです。偽善者。遊び相手なら遊び相手らしく、妻の話などホテルの部屋で出さない女であってほしかった。

今振り返ってみて思うことは、私と葉月は共生できない花だったということです。互いに見た目も香りもまったく異なる花。時には両方とも根が腐りかけたことだってある。だけどその二種を並べてみると意外と面白く、華やかだったりする組み合わせもあります。残念ながら私と葉月は近くにたたずんでいるとなんだかしっくりこない花だった。ただそれだけのこと。

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こうして疎遠になり10年が経ちましたが、彼女が与えてくれた思い出の煌めきは失われていません。美化するつもりもない。互いに学生だった頃はすごく幸せだった。出会ったかの地では、まだつぼみだった私達。そして葉月は今もきっと美しい花をつけている。

まだ四人だった頃のDA PUMPについて語る

若い人達はDA PUMPというと「ああ、あのダサかっこいいU.S.A.っていう歌を歌っている人達ね」と思うかもしれない。既に脱退済みのメンバー・YUKINARIのことも「ライザップのCMに出ているイケメン」としか認知していないでしょう。だけどアラフォーの私にしてみればものすごくかっこいいグループなのです。特に人数が増えてわけがわからなくなる前の、メンバーが四人の時代。

 

実力も華もあったのに、メディアへの露出が遅れた理由

DA PUMPのことを知るきっかけになったのは、コンビニの店頭で立ち読みしたフライデーでした。そこにはグループのメディアへの露出が遅れている理由が書かれていて、「メディアに露出したらもっと売れそうなのにTVになかなか出てこないのは、ジャニーズ事務所が圧力をかけているから」ということでした。だけどどんなにあの帝国が圧力をかけても、女の子達は放っておきませんから既に話題性があるグループになっていたのです。
週刊誌で取り上げられていたのは、ISSAの誕生日を祝うイベントが行われて、大勢のファンが駆けつけている様子でした。写真を見て感じた第一印象としてはとにかくチャラく、だけど雰囲気が今までの男性アイドルグループと違うというものでした。メンバー全員がスーツを着ていたということもあり、ちょっと大人っぽく見えたからかな。

「どきゅーんずきゅーん」という耳に残るフレーズに惹かれ、初めてパフォーマンスを見た時の衝撃

上に貼った「ごきげんだぜっ!」という初期のヒット曲をプロデュースしたのm.c.A・Tでした。m.c.A・Tといえば「ボンバヘー」ですから、お世辞にもあまりスタイリッシュなイメージはありません。

だけどそのボンバヘーと同じくらいインパクトのあるどきゅーん、ずきゅーんという若干「死語だろ」みたいな歌詞に引き込まれて、歌番組で彼らをチェックすることにしたのです(当時は今のようにYouTubeですぐにPVを検索できる時代ではありませんでした)。
その歌番組で彼らの「ごきげんだぜっ!」のパフォーマンスを見た時の衝撃は今でも忘れられません。それまで男性アイドルグループといえば、なんかよくわからんフリンジなどがついたちょっと乙女な衣装を着て口パクが当たり前でしたが、DA PUMPはとにかく歌って踊る。そしてそのダンスがセクシーだったのです。「一所懸命練習しました」という感じがまったくせず、日本人には演出しにくいであろうストリートの格好良さがあった。

日本人には着こなせないであろうプリントのスーツに負けない四人

こうしてDA PUMPのファンになった私は、当然コンサートにも行きました。ステージから遠い席ではありましたが、彼らの格好良さを堪能することはできました。TVで見る以上にダンスが格好良くて、ちゃんと歌も歌って…プロならあたりまえなのだろうけど、もうとにかく見ているだけでエンドルフィンとアドレナリンが出まくるのです。そしてメンバーが着替えるためにバックステージに引っ込み、「そろそろバラードが来るな・・・・」と思っていたら、なんと彼らはゼブラ柄のスーツを着て登場したのです。
「そのスーツ、いったいどこで買えるんですか?」と私が今まで不思議に思ったのは「ミナミの帝王」で竹内力を見た時くらいでした。まさかDA PUMPまで・・・と思ったのですが、似合うんですよねぇ~。
そしてゼブラ柄のスーツに着替えて歌ったのはWithout Youというラブ・バラード。

Without you

Without you

  • DA PUMP
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

ISSAのソロの部分も、他のメンバーのラップの部分も、全員で歌うコーラスの部分も海から吹く風に運ばれてふわぁっと広がるようで、夢見心地にさせてもらいました。ちょうど日が落ちてくる頃にこの歌を持ってくるあたり、にくい演出だなぁ。

コンサート後の4人に遭遇

自分が行ったコンサートとはまた別の日なのですが、職場の近くの行きつけのお店で飲んでいたら、なにやらお洒落な男性達がぞろぞろと入ってきたのです。同席していた友人が「なんかああいう人達が入ってくるの珍しいよね。客層変わったねぇ」というほど、なんだかオーラのある人達でした。
そしてその団体が入ってきた2,3分後に明らかに一般人じゃないだろうという若い男性達が入店し、よく見たらDA PUMPの4人!!!!! 最初に入ってきたのはバックダンサー達だったんですね。よく考えてみればその日、そのエリアでDA PUMPはコンサートをしていたのです。
YUKINARIさんとSHINOBUさんはさっさとダンサー達が座る席の方へ行ってしまいましたが、ISSAさんとKENさんは私達のテーブルまで来ておちゃらけてくれました。テーブルには外国人女性も含まれていたから、多分面が割れていないと思って気楽だったのでしょう。二人ともすかした感じがまっったくなくて好印象しかありませんでした。

で、今はDA PUMP何人になったんだっけ・・・・。

女性の一人暮らしはセキュリティをケチるな

あれは確かドコモが独走状態で、同社のCMに出演していた広末涼子ブームが巻き起こっていた頃のことです。21世紀になったばかりの頃です。
当時vodafoneユーザーだった私は丘の上の安いアパートの1階に住んでいました。アパートにいるときは部屋の中に入ると携帯の電波がほとんど入らない状態で、携帯電話で話をするには出窓のところまで出て行って話さないといけない状態でした。ところがドコモユーザーの家族や友人が遊びに来ると、彼らの携帯は私のアパートのどこに置いておいてもばんばん電波が届いて通話もメールも普通にできました。ドコモ最強。まさにそういう時代でした。それでもキャリアを変えるのが面倒くさくてvodafoneのまま、そしてしばらく引っ越しもせず、携帯を使う時は出窓まで、という不便な生活に甘んじていました。

だけどやはり日夜問わず出窓のところで話していると、お隣の一軒家に住んでいたご家族が時々気味悪そうに私のことを警戒しながら見ているのを感じたし(あちらからすれば、日々私が出窓からその家を覗いているように見える)、もし私が逆の立場だったらやっぱり同じように気味悪いと感じただろうから、申し訳ないなと思ってはいました。「次に引っ越す時はvodafoneの電波も届く物件に引っ越そう」そう考えていたある晩のことです。

いつものように電波を求めて出窓際で携帯で話していました。出窓の外にはお隣さんの植えたお花が見えます。そしてその蔦と葉は、私が暮らしていたアパートとの間に作られた柵にからまっていました。
話に夢中で最初は気がつかなかったのですが、夜の闇に溶けこんだ蔦と葉の深緑の手前を人影が横切ったような気がしました。お隣さんのご主人が帰宅したのであれば緑の向こうに人影が見えますが、たった今私が見たと感じた人影は、柵の手前で私の出窓のすぐ外ということになります。

Looking in Bay window at night

怖くて出窓につけたカーテンを閉めようと思いましたが、警察に電話するにも窓際じゃないと通話ができません。でも今見えたものは自分の気のせいかもしれないし・・・と思い、出窓の外の様子を家の中から見てみましたが、外に人はいないようです。
やはり気のせいか、と思いカーテンを再び閉めて室内に戻ると、今度は葉擦れの音が確かに聴こえました。風のない静かな夜に。
「やっぱり誰かいる」
思い切ってカーテンを再び開けてみると、出窓の外に男性が立ってこちらを見ていました。私が驚いて叫び声をあげるとその男性は走り去りました。
通勤に便利な特急停車駅から徒歩15分。携帯の電波が入らない、帰宅するだけで息が上がる丘の上。家賃が安いのも納得の条件でしたが、特急停車駅にこだわらなければ同じくらいの家賃でもっと安全な部屋を借りることはできたのです。何かあってからでは遅すぎる。これから一人暮らしを始められるお嬢さんをお持ちの親御さんへ。どんなに安くても1Fだけはやめてください。

関連記事:一人暮らしをしていて怖かったこと、それに対してとった対策を挙げてみます(1) - マリア様はお見通し

敬愛する女性に関する情報が少なすぎるから、こうするしかなかった(2)

バブル時代の東京を舞台にしたハードボイルドな経済小説を読み終えました。それもこれもお慕いする新潮社出版部部長・中瀬ゆかりさんを知りたいからです。彼女が愛した男・白川道さんの作品「流星たちの宴 (新潮文庫)」を読み、中瀬さんが愛した男性の作品を通じて中瀬さんについて知ることができれば・・・(完全にストーカー)
読んでみて、いかにお二人がお似合いのカップルだったのかということを感じました。

傷を負った大人の男

年齢だけ重ねても大人の男にはなれません。ですからツイッターのプロフィールにいい歳をしナンパの戦績を誇らしげに書いているような人(どうせ不細工)には、この作品を読んでも何も響かないでしょう。
本書は白川さんの私小説でもあるため(ただしフィクション)、当然彼の実体験や、人生観に基づいて書かれている部分が非常に多いわけですが、その部分から勝手に推測すると、白川さんは、傷を負った大人の男だったのです。

Humphrey Bogart - El Mito

何を背負って生きているんだろうと女は気になってしまう。だけど男は多くを語りたがらない。女は荷を下ろさせてやりたいけれど、もう彼の人生の一部になってしまっているその荷を置いて歩き続けることなど、彼にはできない。これってもう中瀬ゆかりさんのストライクゾーンのど真ん中=年上で危ない感じがする人 ですよね。そして白川さんはきっと繊細で優しい方だったのだろうと思いました。
繊細と言っても「私は繊細だから人に言われた些細なことですぐに傷つく」という繊細チンピラ的な繊細ではなく、心の機微がちゃんとわかる繊細さ。そして持って生まれた賢さもあり、只者ではない雰囲気が出てしまう。
バブル時代の相場の話で消化不良を起こしたため(私の脳で処理しきれなかった)、ちょっと中休みを入れましたが、30代そこそこ以上の男性が読んだらページをめくる手が止まらないんじゃないかな。危ういけど魅力的な、裏社会でしか生きて行けなさそうな破滅的な男達が登場します。女にしてみれば危ないとわかっていても惹かれてしまう人、男にしてみれば同性から見てもいい男。

さて、この小説の中ではアウトローな金融マン・梨田雅之のモデルは白川さんですが、彼が愛した女子大学生・理子のモデルはエッセイストの横森理香さんです。二人が出会い、ともに過ごした時代を横森さんの視点から書いたのがぼぎちんという小説です(私の脳と知性ではこっちの方がすらすら読めました)。感想は敬愛する女性の情報が少なすぎるから、こうするしかなかった(1) - マリア様はお見通しで書きました。

両方読んでみて思ったこと

読後は合わせ鏡のような感じを受けるのだろうと想像していたのですが、まったく違いました。

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まずお二人が小説の書き手としてまったく違うタイプだし表現したかったことも違いますから、バブルに沸く狂乱の東京という同じ舞台にして話を書いても、二つの小説が交差する瞬間は、少なくとも私の中ではありませんでした。そして大人の男に囲われた女子大生が背伸びをし、それをよしよしと男が愛しそうに頭を撫でるといったありきたりな陳腐な描写がなかったのもよかったです。


そういえば、中瀬さんがAERA dot. で「50代ボツイチ再生工場」という連載を持っていることを発見!その中でも好きな記事>>中瀬ゆかり「家に泥棒を飼っていると西原理恵子に言われてもトウチャンを愛した理由」 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)


これを書き下ろしにしたエッセイを出してくれないかなぁ。

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