男性の本能を理解はしても、寛容になる必要はない(3)

愛人と海外旅行に行ったり、歌舞伎町のキャバクラでしょっちゅう遊んだり、まあとにかく女性大好きな乙武洋匡氏。まあほとんどの男性が女性大好きですから、乙武氏が無類の女好きというわけでもない限り、驚くべきことではないでしょう。

(「東京五倫」「五人大満足」に大爆笑!!)


男性の本能を知っているということは、浮気という過去を乗り越えていく上で大切でしょう。そういうものを乗り越えて、夫婦として、まるで経年やけした書籍 のページのような「新しくてきれいなわけじゃないけど、なんかこういうのもいいね」という良さが出てくることだってあります。だけど浮気によってできたも ので、埋まらない溝もあると思います。
それは嫉妬ではなく失望によってできた溝です。子育てで心身くたくたになっている時に側にいて、支えて欲しい存在であるはずの夫は、自分を気遣うことなく、余暇を家庭の外で過ごしていたということから感じる失望。

http://www.flickr.com/photos/16215823@N06/3274303212

photo by rubyblossom.

自分が三人の子供の世話に追われている間、夫は歌舞伎町で息抜きしていた。女はどこで息抜きをする?

これは乙武夫妻のケースです。奥さんにしてみれば、自分と子供達を食べさせてくれているのは乙武氏の稼ぎがあってこそですから、目をつぶるしかないところもあったでしょう。実際外に出て働く人、特に乙武氏のようにどろどろした世界で働く人達のストレスを考えれば、まあキャバクラ遊びくらいはしようがない。
だけど「妻は子供ができてから母になってしまった」と女としての一面の退化を理由に、愛人との海外旅行に行ったとなると、これはもう「女」をアウトソースされてしまったという屈辱だけでは済まされません。
自分が子育てに追われている間に、夫は地中海を見ながら刺激的な時間を楽しんでいたという事実が妻に孤独や失望を感じさせるのです。これは女性が余程精神的に自立していて強くても感じてしまうものではないでしょうか。

結婚した時点で二人が住むのは「日常の世界」になる

私自身子供がおりませんから同じ境遇に立ったと仮定して考えることは難しいのですが、頑張って稼いでくれているからたまのご褒美にキャバクラや高級ソープ程度なら目をつぶれるにしても、海外旅行という非日常の世界に旅立つ時に連れて行ったのが、これまた非日常を実感させてくれそうな若い美女だとしたら、やっぱり男と女って結婚した時点で家族になっちゃうんだなぁと思いました。
そして非日常の世界を完成させる美女は、自分の見ることのない日常の世界に住む彼まで欲しくなり、時に矛先を妻に向けます。非日常の世界に留まって愛人という存在に徹してくれる女(美しくて賢くて、口の堅い女)ばかりとは限りませんから、男性は愛人選びには気をつけるべきなのですが、どんなに社会的地位が高かろうと、あれが脚の間にぶらさがっている限り、その判断が狂うことがあるのです。

鮮やかさを保つのが難しいのは、実は非日常の世界の方

日常と非日常の世界の間に引かれた境界線の存在を受け入れるのは、妻にとって辛いことです。だけど見てみぬふりができなくなって、境界線の向こう側に攻め入ったところで、いいことなど一つもありません。だから乙武氏の奥様が言った「(あなたのやっていることはもうわかっているから)外で子供だけは作らないで」というひとことには、少し心が痛みました。覚悟とあきらめが感じられたから。
こうやってみると愛人の方がおいしいとこどりにも見えます。だけど「女」であることを求められる愛人の賞味期限は短いです。刺激的なのは最初のうちだけ。刺激を供給された男は、妻のもと=日常の世界に帰っていきます。そして新たな刺激の供給源が現れるとそっちにほいほいと行ってしまう。
「妻は母になってしまった」と乙武氏はいいますが、そういったパートナーの人間としての変化(よいものも悪いものも両方)や成長を一番近くで見る、ともに年を重ねていく存在が夫婦なのです。それがつまらないとか言うなら結婚しなければいいだけの話で、常に鮮度のよさを求めて戯れを繰り返していればいいのです。

関連記事