こういう精神科医がいてもいいんじゃないかと思えてくる



ネタバレあり

「いらっしゃーい」

診察室のドアの向こうから聞こえてくるのは、神経科には不似合いな甲高い声。初めてそこを訪れる患者は、それを聞いて思わず拍子抜けします。

「ここって一応神経科なんだよな・・・・」

体の不調の治療のために訪れた内科から神経科に回された者、最初から自分でどの科に行くべきかわかった上でこの神経科のドアを叩いた者、親から半ば無理やり来させられた者。抱えている問題は異なれど、この精神科医の一声を聞いて受ける印象は皆似ているように思えました。
そして診察室で待っているのは、治療する気があるのかどうかわからない医師。プロ意識とか、患者の立場に立って、とかそういうものは微塵も感じられません。
例えば・・・ペニスが勃起したまま戻らなくなってしまった患者の股間にいきなり膝蹴りを入れるのです。

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photo by drewleavy


脂汗をかいて痛がっている患者に向かって「どう?しぼみそう?ショックを与えてみたんだけどね」「外的ショックでそうなったわけだから、同じショックを与えてみれば治るんじゃないかなと思ってさ」と平然と言い放つ。

- なるほど。一理ある。

おい!そこで納得するなよ!と患者につっこみを入れながら読み進めていきましたが、こんな風にばかばかしいと思いつつも、いつのまにかそのばかばかしさに癒されて彼らの心の病が治っていくのです。
この医師が患者の痛み、悩みをわかちあおう、理解しようとこれっぽっちも思っていないところがよいのかもしれません。

「ストレスの原因を探るとか、それを排除する工夫を練るとか、僕そういうのやんないから」

「生い立ちがどうだとか、性格がどうだとか、そういうやつでしょ。生い立ちも性格も治らないんだから、聞いてもしょうがないじゃん」


そこから入っていく治療。家族や恋人、友人達と違って手加減なしのところもよいのでしょう。
心の傷をえぐるようなことは言いませんが、思ったまま、感じたままを口にするのです。まるで子供のまま大きくなってしまった医師。
そして患者達は「自分もこういう風に生きることができたらいいな」と、その言動の軽さと無茶苦茶ぶりにいつのまにか癒されていくのです。いや、おそらくこの医師を見ていると、悩んでいるのがばかばかしくなってくるのでしょう。

患者の一人がこんなことを言いました。「馬鹿と変人には人を癒す力がある」(うろ覚えなので間違っていたらすみません)
この医師は間違えなく後者です。純度の高い変人は人を癒す。



奥田英朗氏著 「イン・ザ・プール (文春文庫)