マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

ロールモデルを演じ続けるのも大変だったと思う 歩くエレガンス・安井かずみ



まだまだ大好きな山田詠美氏のエッセイ「4 Unique Girls」に関するネタで引っ張っています。
そのエッセイに「ロールモデルのある幸せ」という章があります。そこに登場するのが作詞家の安井かずみさん。そうか、山田氏も「安井かずみがいた時代」を読まれたのか!と、大好きな作家が同じ本を読んでいたと思うだけで嬉しくなったわけです。

私、そしてこのブログの読者の多くの方々は、リアルタイムでは安井かずみ氏の活躍を知らないはずです。彼女が作詞した曲を今聴いてみて「ああ、あの歌もそうだったのか!」と思うくらいで、彼女の書く歌詞の魅力を理解するには、私達はまだまだ幼すぎたし、まだ生まれていなかったという読者の方がむしろ多いのではないかと思います。
そんな人に私が興味を持ったきっかけは加賀まりこ氏の著書「純情ババァになりました。 (講談社文庫)」に書かれた安井氏に関する記述を読んだことでした。


美しくてやんちゃで、今よりももっと芸能人が厳しく管理されていた時代に未婚の母となった加賀氏とつるみ、そして再婚と同時に友人達をまるで切り捨てるかのように、新しい夫にべったりとなってしまった、恐ろしく洗練されたこの女性に強く惹かれました。
加賀さんは「あんな風に家でもきちんとお洒落してディナーをする結婚生活なんて疲れる」と安井さんが手に入れた念願の結婚生活について書かれていました。

それがただの結婚ごっこだったのか、それとも彼女の美意識で塗り固めた理想的な世界=無粋なものの存在しない理想的な結婚生活の実現だったのかは、「安井かずみがいた時代」を読んだ後でもわかりませんが、私が興味を持ち始めた頃には既に他界していたこの女性の魅力にやられてしまいました。



ファッションだけでなく生き様にしても、自分が美しくないと思うこと、無粋だと感じることは絶対にしたくない人だったのでしょう。彼女をよく知る人達によるお話を集めた「安井かずみがいた時代」(私は吉田拓郎氏のお話が一番興味深いと思いました)を通じて見えてくる、安井かずみ氏の陽と陰の部分。
どちらを見ても洗練の二文字は絶対に切り離して考えられません。 この人がもっと長く生きてくれたら、日本人女性ももっと成熟し、洗練されていたかもしれない。そして男達を「いい男」に育てていたかもしれない。そんな風に思うのです。ロールモデルとして、もっと安井氏が頑張ってくれていたら。だけどロールモデルは逝ってしまった。

 

関連記事