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マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

あなたの愚痴、周囲をうんざりさせていませんか?

処世術


アメリカの大人気ドラマSex and the Cityのあるエピソード。


Mr.ビッグと別れたキャリーが言います。


「シングルになって一番いいことといえば、女友達との時間がたくさん持てて積もる話ができるようになること」

そしてキャリーは親友三人に終わった恋の愚痴を聞かせます。三人に会うたびにです。聞かされる側はもううんざり。そして親友の一人であるミランダが切り出します。

「はいもうそこまで。さあ、誰が彼女に言ってあげるの」

そして彼女達が「もうこれ以上聞いていられないわ。専門家に話すべきよ」と言い出すのです。

女友達に甘えるのは、キャリーが言うように辛い別れを乗り越えていくためのプロセスの一部ではあります。ただそれも度が過ぎると「私達に話すんじゃなくて、専門家に話を聞いてもらったらどう?」と言われてしまいます。
この動画のエピソードはその極端な例ではありますが、専門家にお金を払って聞いてもらうという割り切った関係のよさもありますし、女友達も失わずに済みますから、有意義な投資だと思います。
だけどキャリーは「カウンセラーなんて必要ない。(女友達となら)ただで話せて飲みにも行ける」
「私に必要なのはカウンセラーではなくて新しい女友達のようね!」と言うのです。
人は転び、足掻き、そして立ち上がって再び前を向いて歩きだしていきますが、愚痴を聞いてあげたくなる人というのは、この足掻く部分にちゃんと終わりが見える人です。
逆にこいつの愚痴はもう勘弁して欲しいと思われる人は、愚痴ることですっきりし、再び溜まってくると友人相手に延々と吐き出す。それを繰り返し、聞かされる側である友人の気持ちを考えずに「友達なんだから聞いてくれるよね」と甘える人。
愚痴るだけでそれ以外は何もやらない。自分の人生が少しでも良くなるようにする努力をしようとしない人。
その人が愚痴っている時間が、いつか傷が癒えて元気になる日までの通過点でしかないと周囲もわかっていれば、その点の上に立ち止まっている間、支えてあげようと思える。
だけどずっと愚痴り続けて点どころか線になってしまっている人は、人が離れていく(そして「本当の友達なら聞いてくれるはずなのに!」っていうんでしょうね)。そういう人は専門家に話を聞いてもらったらどうかなぁ。