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マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

何が欠落するとこういう人間になってしまうのか

偉人・奇人・変人 血となり肉となり、健やかな心となる




今日発売の週刊新潮で実名が報道される19歳の女のツイートです。「少年法マンセー」という内容のツイートをリツイート(拡散)していますね。アカウント名がタリウム123。もうどこから話を始めてよいのやら・・・・。
実名で報道することに賛否両論あると思いますが、私は賛成です。まあ私の意見はどうでもよいでしょうから話を進めます。

http://www.flickr.com/photos/44302262@N08/5375886627

photo by Viktor Hertz


宅間守の誕生日を祝うツイートをしたり、佐世保で起きた小学生による殺傷事件の犯人を称賛するツイートをするのを見て、人の命の重さがわからないのは何かが欠落していて、それが先天的なものか後天的なものか、私にはわかりませんでした。だけど容疑者の妹も人の命をおもちゃくらいにしか思っていないのだとしたら、やはり後天的なもの(育った環境が影響した等)なのでしょう。
完璧な人間なんていません。皆何かが足りない。 そしてその分他の何かが秀でていたり、恵まれているわけで、しかもその欠点があるという事実=完璧でないということが人間味なのです。だけどこの容疑者に欠けているものはそれとは大きく違います。まともに話して通じる相手ではないというか、一年間365日、毎日一時間割いて人の命の尊さについて説いたところで、彼女の心には絶対に届かないだろうと思います。