私の昭和史(6)「無銭旅行をしています」というメモを持った訪問者


私は祖父母、父母、そして私達兄弟の三世代が同居する家で育ちました。
幼い頃は友達と遊ぶと暗くなる前に帰ってきて、一階の居間でTVを見たり編み物をする祖父母に加わり、そこで弟に喧嘩を売られ、持て余したエネルギーをめいっぱいその喧嘩にぶつけてくる弟から逃げるために自転車に乗って逃げ出す、を繰り返していました。
ある土曜日の昼下がりのことでした。居間で祖父母と一緒にTVを見ていると、玄関の引き戸が開く音がしました。
「こんにちは」と小さな声が聞こえた気がしました。無視してTVを見続ける祖父母。私が玄関に出ると、二人の外国人男性が立っていました。二人ともなぜかデニム on デニム。20年くらい前に大人気だったアメリカのTVドラマ「フルハウス」のジェシーおじさんみたいな濃い顔。いったいこの人達が我が家に何をしにきたのかわからない私に、彼らはメモを手渡しました。そこには「無銭旅行をしています。自分の国に帰れません。私達を助けるためにこの本を買ってください」と書かれていました。
無銭旅行という漢字が読める年齢だけど、それが嘘か本当か自分一人では判断できないくらいの年齢だった私は、そこに立ち尽くしました。私では話にならないけれど、大人を呼んでくれと頼めるほど日本語ができるわけでもなさそうな彼らは、黙って去っていきました。
居間に戻って祖母にメモを見せました。
「ねえ、あの人達お金がないんでしょう?自分の国に帰れないんでしょう?可哀そう」
そういうと祖母は私に千円札を一枚渡して「これで本を買ってあげなさい」と言いました。私が急いで家を飛び出して農道に出ると彼らがとぼとぼと歩いている姿が見えてきました。

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私は彼らに追いつくと「おばあちゃんが本を買いなさいって言った」と言って千円を差し出しました。すると彼らは面倒くさそうに「お金は要らない」というようなジェスチャーをして、本だけくれると去っていきました。本だけもらって家に帰るわけにもいかない気がした私は、歩いていく彼らの後ろ姿をしばし見つめていましたが、これ以上追いかけてお金を渡そうとしても、彼らはきっと受け取らないだろうという気がし、本を携え家に戻りました。
自分の孫に千円札を握らせ、見るからに胡散臭いメモを持つ見知らぬ外国人男性二人組を追いかけて本を買ってくるように言った祖母。
その千円札を握りしめて走って追いかけて行った私。
もしもこの二人組が私になんらかの危害を加えたり、あるいは最悪の場合私が殺されていたら、現代のSNSで私の祖母は激しい非難にあっていたことでしょうし、死んだ私は「知的障害があったのかもしれないよ」などという憶測が広がっていたかもしれません。
牧歌的な田舎で育った私や私達家族の行動は、東京の親戚から見ると恐ろしかったそうで「見知らぬ人間に対しもっと警戒心をもって!」と言われ続けてきました。母が嫁いできてからは、夜になるとちゃんと施錠もするようになった私の生家。その田舎で暮らす姪や甥が私と同じようなことをしようとしたら、どんなことをしてでも引き止めます。