愛人を黙らせておくには結局金を与えておけばいいってことなのか

この記事のタイトルは、100冊のモテ本より、1冊のお妾本のほうが濃くて面白い - マリア様はお見通し でちらっと紹介した「昭 田中角栄と生きた女」という本をやっと読み始めて感じたことです。
まだ半分も読んでいないから故人をこういう人だったと判断するのは早すぎますが、著者である佐藤あつ子さん(佐藤昭氏の娘)もこうかかれています。

一連の記事を眺めながら、きっとこれが母の望んだ自分の訃報記事なのだろうな、と私は思った。大物政治家や有名な財界人たちへの多大な影響力を持った女王。
晩年の母は再び自分の力を世間に誇示して欲しかったのか、笑いながら私にこう言うようになっていた。
「お母さんのことを書きなさい」
私はそれを笑いながら聞き流した。私が文字にしたいものと、母が残してほしいものは、きっとぜんぜん違う。母の思惑に付き合う優しさなど、私は持ち合わせていなかった。

 
既に故人に対し同性としていや~なものを感じ始めているのですが、その理由のひとつとしては、芸者さんの辻和子さんは「日陰」に留まったのに対し、故人は表で権力を誇示し続けたということがあげられます。さすが越山会の女王。田中家にとっては目ざわりでしようがなかっただろうと思います。だからこそ田中角栄氏が倒れた時、即解雇されたのでしょう。

本宅、別宅x2を行き来した首相なんてもう二度と現れないと思いますが、結局一番苦しんだのは本宅で、別宅は「優れた男の種をシェアさせていただきました」という位置にいるし、やはり愛人というのはお金さえ不自由させなければ、後から暴露本を書いたりすることもなく、おとなしくしているものなのかなぁと思いました。
辻和子さんの著書はどろどろした暴露本ではなく、身近な人間しか見ることのできなかった田中角栄氏という人間を淡々と綴ったものですからね。

というわけで今本書にはまっています。読み終えたらまたレビューを書きたいと思います。→投稿しました「田中角栄を愛した女達 同性として面白いなと思ったのは・・・ - マリア様はお見通し

この髪型可愛いなぁ(著者の方ね)。