どうでもいい人に年賀状書かなくてもいいのに



お正月ムードもすっかり消えて落ち着いてきたところで、また今年も同じことを考えています。

なぜ今住んでいる場所すらわからない=覚えている必要のない人にまで年賀状を送る人がいるのだろう

と。

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photo by jetalone

 

毎年住所を確認してくる人達

先程20通ほどのメールに返信し終えたのですが、内容は全部同じで、私の最新(といってもここ数年変わっていない)の住所の連絡するためのもの。 年末になって、年賀状を書くから住所を教えて欲しいというメッセージがたくさんきました。
そして送信主の人達は毎年そうやって私の住所を確認してきます。 毎年ですよ?

返信する時間もエネルギーももったいないので放っておくのですが、さすがにそれは不躾かもなと思い直し、年が明けてから、ここ数年変わっていない自分の住所を書いたメッセージを一気に返信しています。
ちなみにそのメッセージにこめられた真意は「もう年もあけたことだし、年賀状いらないよ」。
だって本当にその人のことを大切に思っていて、これからもつきあっていきたいと思っていたら、その人が現在住んでいる場所くらい把握していませんか? 私は把握しています。

マルアイ おつきあい NK-2

マルアイ おつきあい NK-2

 

 
こんな風に毎年住所を確認しないとどこに住んでいるのかもわからないような人=どうでもいい人に、年賀状なんてくれなくてもいいのになー、そうすれば私もお返事しなくてもいいのになーと思ってしまうのです。
常にその人のことについて、自分の心の中心に大きな場所を確保しているわけではありません。むしろ「あの人どうしているのかな」とふと思い出すくらいなのですが、それでもそうやって気にかけているくらいですから、その人が今どこに住んでいるのかくらい把握していますよ。気にかけている人が少ないからできることでもありますけどね。私の心の中に居場所を持っている人の数は、本当に少ない。

誰かの人生における優先順位の上位からどんどん圏外に落ちていくのってしようがないと思うんですよ。時の流れは人間関係を変えていきます。
そしてその時々、というか立っているステージで必要とする人って変わってきますからね。そういう風にして一度圏外に落ちたのだったら、もう年賀状でつなぎとめる必要なんてないんじゃないかなぁ。くどいけどもう一度だけいいます。どこに住んでいるかすら知らないような女ですよ?

こんな風に色々面倒くさくなり、ふと虚しくなって、人生のリストラというか、身辺整理をしたくなる時必ず手が伸びる本がこれです。



そして読み終えるとこう思うのです。
「やっぱり私はほんの数人の大好きな人に囲まれているだけでいいや」
それからまだ子供だった頃母に言われた「あなたのところに遊びに来る子達は、いつもおーんなじ子達ばかりねぇ」という言葉を思い出すのです。私って変わってないんだな。

海からの贈物 (新潮文庫)