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マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

誰でも歓迎する割には愚痴の多い人。だったら招かなければいいのに

福音


ある方のブログを読んでいて、いいなぁと思いました。残念ながらリンクは貼れません。その方は自分のブログが多くの人の目に触れられることを望んではいらっしゃいませんので。
その方がご自宅で食事会を主催することになりました。その方が主催ではありますが、主賓は他の方(Bさんとしよう)、というそのお食事会。そしてその主賓のBさんが、主催者が嫌っているAさんも招いたことを知った主催者。実はそのAさんも、主催者を嫌っているとのこと。
二人が食事を共にしても、いいことなどありません。そこでAさんは正直に、主賓に「その人はNGだから外で会って」と伝えたそうです。
私はこの記事を読んでいて、いいなぁと思いました。人生は大小問わず取捨選択の繰り返しです。嫌な思いをするとわかっていてあえて呼ぶ必要もないんですよ。だったらはっきりNGを出した方がいい。
それにどんなに互いが「大人だから」と人前では気をつけていても、二人の間にある険悪なものって、空気感染すると思うんですよね。「気」というのは、良いものも悪いものも伝わりやすいものです。食事もお喋りも楽しくなくなってしまうから、主賓のことを考えたら呼ばないほうがよいのです。
まったくこの逆のタイプの人も知っています。この人は基本的に誰でも歓迎!という人でした。なぜなら時間の質にこだわっていなかったから。とにかく数を集めて騒いでいる雰囲気が好きな人です。そして後から客のことで愚痴るのです。

誰に対してもドアを開けて招き入れるという選択をしたのは、ほかならぬ自分。なのに自分の選択の結果に責任を持たず愚痴る人には「ドアを閉める」という選択肢がないの?

http://www.flickr.com/photos/36886475@N00/2242551469

photo by Lindsay1


自ら「いらっしゃい」と看板を出している限り、客は当然入ってきます。誰に対してもドアをオープンにしているのは自分達なのに、客が帰った後に「こういう人が来て大変だった・・・・」と愚痴る。そしてその繰り返し。愚痴っているようだけど、実はそういう人達がいることでなんとか気が紛れているのではないか、と思うこともあるようなご夫婦。
「誰でも招き入れちゃうあなたは、お人好しなのよ~」とか言って欲しいのでしょうけど、私は言いませんよ。ドアを開けて招き入れる人なんて選べるのに、選ばずに常時開放している人に問題があるのです。ドアを閉ざすことができないのは、お客が来なくなることを恐れているからなのではないでしょうか・・・・。きっともう二人だけでは間が持たないのでしょう。

 

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