マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

Sweet and bitter (完) happy holidays

Sweet and bitter 1 歳月が流れて - マリア様はお見通し から読む

晩秋に入ると、私の心と体は、より厳しい寒さと別れの辛さに備えて何かを蓄えようと必死だったような気がします。体を寒さから守る方法はいくらでもあるけれど、心を別れの辛さから守る方法はありません。本気で愛し始めた時に、愛と呼ばれるパッケージの中には必ず悲しみも同梱されているとわかっていて受け取ったのですから。

11月に入って学校帰りに近くのショッピングモールに行くためにバスに乗ったある日のこと。バスを降りる時に運転士さんが"Happy holidays."と言ってキャンディーケインをくれました。

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photo by Carodean Road Designs

こんな風に街のいたるところで、生活のあらゆるシーンで、一年が終わりに向かっているのを感じるようになりました。キャンディケインをもらって「可愛いね」と嬉しそうに握り締める友達の横で、私はただ悲しかったのです。
ショッピングモールの帰り、私はフェルナンドのアパートの最寄のバス停で下車して彼のアパートに立ち寄りました。モールのスタバで買った、彼の好きなホワイトモカは思ったほど冷めておらず、温かいまま渡せることを嬉しく思いました。
そのホワイトモカを飲みながらフェルナンドは「サンクスギヴィングの連休はベガスに行かないか?」と言いました。
ベガスって同性で集まって行った方が面白い場所です。特に男性の場合は。
だから友人達と行ってみてはどうかとすすめました。私はここに残って、母の知人が作ってくれる伝統的なサンクスギヴィングディナーを楽しもうかと思いました。

「一緒に過ごせる最初で最後の連休だから、君と一緒に行く。ベガスが嫌なら他の場所でもいいから」

二人で色々案を出し合った結果、東海岸のある都市に暮らす彼の親戚達をたずねることにしました。私が「東海岸には一度も行ったことがない」と言ったらすぐにそこに決まったのです。
サンクスギヴィングの週末が近づいてくると、アメリカ滞在中の私を何かと気遣ってくれている母の知人・恵さんから「連休はどうするの?」と確認の電話が来ました。

「ボーイフレンドと東海岸に行きます」

これを伝えるには勇気がいりました。東海岸で過ごすといえば、日帰りのわけがありません。私の母と同じく、男女交際に関しては保守的な考えの恵さんは、若い男女が二人で泊りがけで出かけることをどう思ったか、私は気になったため「ボーイフレンドの親戚の家に、ですが・・・」と付け加えると、少し安心したようでした。

「ねえ、マリアちゃん。よかったら今度そのボーイフレンドをうちに連れて来なさいよ。マリアちゃんにいはサンクスギヴィングのディナーを食べさせたいし、どうせ作る手間は同じだし、連休前にちょっと作るから、いらっしゃい」と恵さんがいいました。

そのディナーの当日、フェルナンドと私は恵さんの迎えを私のアパートで待っていました。そして呼び鈴がなったのでドアを開けると恵さんが立っていました。ダイニングで休んでいたフェルナンドに「さあ、行きましょう」と声をかけると、恵さんの子供達へのお土産を持って彼が戸口に現れました。
恵さんが目を大きく見開いてまあっ!と声をあげました。

「マリアちゃん、こんなハンサムな男の子がボーイフレンドだなんて、すごいじゃないの!お母さんには写真を送ったの?」

「送ってない」

「じゃあ今夜撮って送りましょう。喜ぶわよ!」

日本語でのやりとりをぽかんとしながら聞くフェルナンドは、まさか自分のことが褒められているとは想像もしていなかったでしょうし、もしかすると自分を見て、その美しさに女性が感嘆の声をあげることには慣れっこだったかもしれません。

恵さんの家につくと、ご主人と子供達が温かく迎えてくれました。
まだ小さくて腕白な子供達は「ねえ、この人マリアのボーイフレンド?」「二人はもうキスはしたの?」とフェルナンドを興味深そうに見上げて私達を質問攻めにしました。
キスはしたの?と聞かれて困ったように笑うフェルナンドを見て、私はもう一度彼と恋に落ちました。「この人、やっぱり好きだなぁ」と思う瞬間、心が温かくなって、その温度の上昇から生きていることを実感するのです。そして生々しい痛みを感じる時も、同じように生きていることを実感するのです。

東海岸に出発する日、恵さん夫婦が私とフェルナンドを空港まで送ってくれました。そして先日のディナーで食べきれなかったターキーを使ったサンドイッチを持たせてくれました。
フェルナンドが恵さんに車の中でこう聞きました。

「先日お会いした時・・・あなたの長男のニックなのですが、もしかしてマリアのことが大好きで、僕にやきもちをやいていたのではありませんか?」

恵さんとご主人は大笑いしながら「よくわかったわね!」と言いました。

「そう。マリアちゃんはね、ニックの初恋の相手なのよ。日本ではいじめを受けていたから、日本を離れる時は大喜びで『二度と日本になんか来ない』って言ってたけど、マリアちゃんと会えなくなることだけが悲しくて、最後の最後に涙を流したの」

そして私は恵さん一家にこの地で再会した時、私はあの別れの悲しさなんてすっかり忘れていました。「僕たち日本でneighborhoodだったよね!」と日英ちゃんぽんの話し方をしながら駆け寄ってくる子供達を抱きしめて、夜10時になってようやく日が沈むような場所に位置する、乾いた内陸州の初夏の香りの中でバーベキューを楽しんでいたあの時、私の心は、再会の喜びで満たされていました。そしてその数日後に、私の心の大部分を占拠することになる青年と出会ったのです。

東海岸で待つフェルナンドの親戚のもとに到着すると、初めての日本人のゲストとして温かく迎えられました。私達と年齢の近い子供達は、私を感心させようと日本語のちょっとした単語も事前に調べていてくれたようです。
ディナーの食卓には、フェルナンドの話を聞いては私が「一度食べてみたい」と常々言っていた、グァバを使った彼の母国の伝統的なお菓子が並んでいて、私の心を浮かれさせました。
食卓では親戚達がフェルナンドをNandoと呼ぶのを聞いて、私の知らない彼を想像しました。小さい頃からナンド、ナンドと呼ばれて可愛がられてきた彼を。私に気を遣って英語で話していた彼らが、スペイン語で大きく脱線し盛り上がり始めると、それはBGMのように聴こえて、とても心地がよかったです。

彼との思い出が増えることを恐れていた時期もありましたが、このホリデーを境に、ようやく気持ちに踏ん切りがつきました。もうあと一ヶ月も残されていないけれど、出会えて本当によかった。Happy holidays.