マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

猪野詩織さんを襲った不幸(1)

1999年10月に起こったストーカー殺人事件に関するこの本を読み終わって感じたことを書きます。
被害者のご遺族には申し訳ないけど、正直に言うと、もしも娘さんを持つ人が読んだら「この災難はうちの娘にもふりかかるかもしれないし、今のところふりかかっていなくてよかった」と思うこと間違えありません。だけど明日は我が身。狂人との出会いを遠ざける方法なんてありません。うちの子は大丈夫、なんて思わない方がいい。なぜなら本当に怖い狂人は、「狂人です」と書かれた看板など出していないのですから。善人面して近づいてきますよ。

 

「集団ストーカー」は妄想で使ってはいけない言葉である

詩織さんに執着しすぎて狂ってしまった男とその兄弟、部下達のストーキングにおびえ続け、そして最後には殺されてしまった詩織さん。これが本当の集団ストーカーなのです。
私は過去に一度、自称集団ストーカー被害者にウェブ上で絡まれたことがあります。その人のツイートを見てみたら、人種差別的なツイートが多かったため「とんでもない狂人に遭遇してしまったな」と思いました。彼女のように集団ストーカー被害者を自称する人達は大勢いて、彼らが「咳ばらいをされた。自分に向かって菌を飛ばしている!」「歯茎が痛む・・・・電磁波攻撃だ!」という妄想とは比べ物にならない恐怖を、被害者である猪野詩織さんは感じていたのです。もしも集団ストーカーという言葉が認知されたきかけがこの事件だとしたら、大きく矛盾しています。狂人に被害者面するチャンスを与えてしまっただけのように思いました。

詩織さんを襲った不幸

著者の清水潔さんは、取材を通じて警察がもみ消そうとした事件の真相を知り、詩織さんを襲った二つの不幸についてこうおっしゃっています。
一つ目の不幸は、上尾警察署の管轄に住んでいたこと。自分を狙うストーカー達に詩織さん、そして彼女のご家族が追い詰められていく様子は恐ろしいし、その恐ろしさを伝えて告訴に踏み切ろうとした猪野家を「捜査するとなると面倒だから」という理由で追い返した上尾署。
二つ目は、狂人小松和人に出会ってしまったこと。ただでさえ頭がおかしそうなのに、詩織さんに執着していくあまりどんどん狂気がエスカレートしていくように思いました。詩織さんが逃げようとすればするほど、彼女を恐怖で支配しようとするのです。
あの日あの時、大宮駅東口のゲームセンターにいなければ・・・そう思っても、もう時計の針は戻せなくなっていた。そして殺された。
大きく分けると確かに以上に二つなのですが、これ以外に私が本書を読んで感じた詩織さんを襲った不幸があります。一つ目は友達に売られてしまったこと。
詩織さんが小松に嫌われようとして、似合いもしないアフロにしてしまった時、髪型を変えた理由は、その友達を通じて小松にばれてしまったのです。詩織さんが逃げようとすれば、さらなる恐怖で追い込んでくる小松。この友達は、もちろん小松から報酬を受け取ってしました。詩織さんの死には直接因果関係はないとはいえ、この女友達は今頃どこでどんな風に生きているのだろうと思います。自分がしてしまったことを背負って生きているのか、あるいはのうのうと幸せに暮らしているのか・・・今は幸せでも、カルマは巡ってきますからね。カルマからは逃げられない。
二つ目はご両親に迷惑をかけたくなかったばかりに、相談するのが遅すぎたこと。
「こんな男とつきあっていることがばれたら絶対に親を悲しませてしまう」
詩織さんのその優しい気持ちがいっそう状況を悪化させていきました。


ご遺族の心をメッタ刺しにしたメディアの印象操作・報道、小松の狂人ぶりについては(2)で書きます。


桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)