DQN達はなぜ足の引っ張り合いをしたがるのか


<集団暴行容疑>逮捕の3少年「彼女いるのに他の子ナンパ」(毎日新聞) - Yahoo!ニュース(リンク切れ)

「向こう岸まで行って帰ってきたら許してやる」



溺死した少年は、逮捕された少年3人にこういわれました。そして向こう岸を目指して歩き始め、「もう無理」と言いました。それを見ていた人間がさすがにまずいと110番しましたが、救助は間に合いませんでした。

なぜ死亡した少年がこんなことをしなければならなかったのでしょうか?
「許してやる」ってことはそれなりに何かしたんだろうな、って思いますよね。少年がしたことはこうでした。

「彼女がいるのに他の女の子をナンパしたのが許せなかった」

彼女がいながら他の女の子をナンパした。ただそれだけ。若い男の子ならみんなやってるでしょう?そういうのが面白い時期ってあるじゃないですか。攻略した数にこだわりたい時期。
それをなぜ逮捕された少年、死亡した少年の彼女、そして他にもいた数人はこんな風にして責めたのでしょうか?
それはやっぱり誰でもヒーローになりたいからです。
逮捕された主犯格の三人の少年達は、こういう場でもなければ、ヒーローになれる場所がない。それがDQNのつらいところ。やり場のない承認の欲求をこんな形で満たそうとするのです。

「彼女が可哀相だろ」

そういっている自分達の格好良さに酔いしれたかっただけ。そしてこの少年達は残念ながらこういうことでもしなければ、自分が誰かよりも優位だとか、格好いいと確信できる機会がないのでしょう。

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photo by gyazickr

DQN同士でつるむと大変なのは、本当にヒーローになれるチャンスがやってきても、それを潰されるということです。DQN特有の連帯感ってあると思うんですよ。
「俺達/あたし達はこういう風に生きていくしかないんだよね」というあきらめからくるものでもあるし、自分達のいる狭くて閉ざされた、希望の見えない世界こそがすべてだからこそ、そこで人よりも上に立とうとしたり、一旦上に立ったら立ったで、そこに立ち続けるために、配下に置く人間もある程度確保したい、逃したくない。
不安だから互いの足を引っ張るんですよ。
お前だけ幸せになろうと思うなよって。

将来に対する展望を持とうとすれば邪魔される。
ゴールを設定しようと思っても邪魔される。

いつまでもここで皆一緒、っていう歪なつながり。足枷。
だから私は「逃げろ」といいたいけれど、DQNは「俺達を捨てるのか?」「ぬけるのか?」と言って、羽ばたこうとする人をリンチしてでも留まらせようとする。

昔私がある場所に遊びに行こうとすると、母がものすごく嫌がったのです。私がそこに遊びに行くと告げると「いってらっしゃい」とは言ってくれなかった。黙ってキッチンに引っ込んでしまうのです。自宅からも近いし、なんでママはあそこが嫌なんだろうと思いました。
だけど今なら母の気持ちがわかります。そこはDQNの巣窟でした。DQNの子供達に罪はありません。親を選んで生まれてくることはできない。たまたまDQN親のもとに生まれたから、子供もDQN。
母は幼い子供がどれほど周囲に影響される生き物なのか、よくわかっていたのです。当時子供だった私がわかるはずなどありません。
誰とつきあうかってやっぱり大事ですよ。

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