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マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

ピアノレッスンは贅沢な情操教育である(3)

歩み

ピアノを買ってもらって1年も経たないうちに、ピアノ教室を辞めるという親不孝をしてみせたわけですが、実はその後もピアノは役に立ちました。
高校受験の息抜きとして、相当助けられましたよ。まさに母のいった通り「高いおもちゃ」になったわけです。

時間を持て余していた中3の冬休み

私は、高校受験は三年生の夏休み中の模試で「完全に合格圏内」に入ったら、それ以降は苦手なところだけを復習して流す程度にして、冬休みは完全休業と計画を立てていました。
そして夏休みの模試では目標の完全合格圏内に入ったため、冬は家でピアノを弾いたり、推薦入学で既に進学先が決まっている子達と遊んでいました。
すると母が「あなた、またピアノやりたくない?」と聞いてきたのです。

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確かにレッスンは受けたいなぁと思っていました。
だけどピアノの代金+搬入にかかった費用で80万近く払わせて、購入後一年以内にあっさり辞めた黒歴史のある私は、レッスンを受けたいと言い出せなかったのです。ですから母から切り出してもらえて、本当に嬉しかったです。

ピアノレッスンの再開ー大人気の先生にレッスンを断られた

もう私も小さな子供ではないのだから、そろそろピアノを楽譜に忠実に弾くことだけでなく、クラシックピアノのなんたるかというものを学んだ方が楽しいのではないか、と考えていた母は、私をある先生のところに連れて行こうと考えました。

「すごく素敵な先生の話を教えてもらったの。それですぐに電話で問い合わせたんだけど、もうこれ以上レッスンは引き受けられないって断られたの。
でもどうしてもあきらめきれなくて再度電話したら、他の先生の紹介も含めて話したいことがあるから、面談だけでもしますか?って言ってくれたのよ」

私が中3の頃は、今みたいに気になったことはすぐにググれるような時代ではありませんでしたから、「地名+ピアノ教室」で検索することもできませんでした。
人気のある教室は、口コミだけでレッスンが埋まり、それ以外のピアノ教室は目立つところに看板を出してもなかなか生徒が集まらない、居つかない時代です。

こうして母に連れられて行った教室は、アンティークショップの二階にありました。そのアンティークショップは、ピアノの先生のご両親が経営されているお店で、田舎の商店街には不似合いな趣味のよい、洗練されたお店でした。
ピアノ教室の看板など出ていないビルの階段を上って二階に行くと、そのピアノ教室はありました。ピアノ教室というよりは、サロンのような感じでしょうか。

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緊張して入っていくと、そこに立っていたのは、二人目の先生とはまったく違うタイプの大人の女性でした。
二人目の先生は婿取りで、両親とともに暮らす豪邸の一室で、ピアノ教室を開講していた少し世間知らずなお嬢様タイプでした。だけどこの時私の目の前にいた女性は、女でした。
離婚して実家に戻ってきてピアノ教室を開いたとのことでしたが、15歳の私を子供扱いせずに、きちんと話をしてくれたことをよく覚えています。その時に話したことは、どうしてもこれ以上レッスンを入れるのは無理だからここを紹介します、という話でしたが、この先生から習ったら、きっと私の演奏は変わるだろうと思わせるような、不思議な力のある先生でした。

三人目の先生のもとで、リハビリからスタート

こうして紹介された三人目の先生のもとでレッスン再開。
レッスンから離れていた間も家で一人で弾いていたから、すぐに名曲と呼ばれる作品を再び弾かせてもらえるだろうと思っていましたが、やはりおかしな癖がついていたり、また肩ががちがちなまま弾いていることなど指摘されて、家庭では徹底的に指を独立させて動かすトレーニングをするように言われました。


ピアノのためのフィンガートレーニング[ムジカ] (ムジカノーヴァ叢書 (8)) 単行本 – 1998/12/10
現在では絶版になってしまった教本をこつこつと・・・。これと並行してリトルピシュナ、バッハのインヴェンションとシンフォニア、ノクターン、エチュード、ソナタを習いました。
「ミスをせず弾くこと」はあたりまえで、「どう弾くか」という曲の解釈も求められる、楽しいレッスンでした。やはりあの先生が紹介してくれただけあります。
これだけレッスンを受けてものになったのかって?なりませんでしたよ・・・・。だからこそピアノレッスンは贅沢な情操教育なのです。

(完)

ピアノレッスンは贅沢な情操教育である - マリア様はお見通し

ピアノレッスンは贅沢な情操教育である(2) - マリア様はお見通し