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マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

ピアノレッスンは贅沢な情操教育である(2)

歩み

二人目の先生から自宅に電話がかかってきました。
廊下に置かれた固定電話からは、母が時折うなづきながら「でも先生、あの子がこの先ピアノにどれくらい真剣に取り組むかどうかもわからない状態ですから、今購入しても高いおもちゃを買い与えるのと同じことになります」というのが聞こえてきました。

両親にピアノの購入を決意させてくれた先生の後押し。そして始まったピアノ貯金

電話の内容が、私がこの先オルガンで練習し続けるには限界がある、そろそろピアノを買ってあげてはどうか?ということだと、小学生にもすぐにわかりました。
私が「買って買って!」と100回いうよりも、先生のたった一本の電話の方が力があるだろうと思っていましたが、母が丁重に断っているのを聞き、落胆しました。

ところが翌日、父が会社から帰宅すると、私を居間に呼び出しました。
子育てに関しては、面倒な部分になればなるほど母にまかせっきりだった父に呼び出されるということは珍しいことでした。
怒られるのかな・・・と怖くなりましたが、それを隠すようにして「パパ、なあに?」と入っていくと、父は高さ90cmほどの筒を持ち出しました。会社で設計図か何か格納しているような筒です。

「この筒にお金を貯めろ。これがいっぱいになったらピアノを買うぞ」

いぇーい!と飛び上がりたい気分でしたが、雀の涙ほどのおこづかいをもらっていた小学校五年生が、90㎝(円の直径約10㎝)の筒を小銭でいっぱいにするには何年かかるでしょうか?
そこで、お年玉を全部小銭に替える計画をたてましたが、そんな企てはしっかり見透かされており「お年玉を小銭に替えるのはダメだからな」と言われてしまいました。
結局筒に半分程度貯めたところで、父にヤマハのお店に連れていかれてその日にすぐに購入決定。90cmの筒をいっぱいにしてから、とは最初から考えていなかったようです。ただ私の真剣度を試したかっただけでしょう。

piano

ピアノへの情熱が冷めた

母が予測していたとおり、ピアノは高いおもちゃとなりました。
5年生の時に小学校のミニバスを始めたのですが、当時はまだ6年生がいてでかい顔をしていたため、彼女達が怖かった私は委縮してしまい、練習に参加しても力が出し切れずにいました。
ところが彼女達が夏の試合を最後に引退して自分が一番上になってからというもの、練習に出るのが楽しくなったのです。するとすぐに補欠からレギュラーメンバーになり、帰宅してもピアノの練習に割ける時間が少なくなってきました。

「どちらか一つにしなさい」

そう母に迫られた時、もうそれは既に究極の選択でもなんでもありませんでした。

「じゃあミニバス」

ピアノを買ってもらい、クレーンで2Fまで吊り上げて自室に入れてもらった日の感動は、すっかりなくなっていました。

続く

ピアノレッスンは贅沢な情操教育である - マリア様はお見通し