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マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

体罰が部員に与える選民意識



ここ数年名門校のスポーツ部での体罰がニュースになっていますが、私も体罰が常習化していた高校のバレーボール部に入りました。地元では強豪校として有名な学校でした。ただ私が入学した年にちょうど監督が定年退職されて、新しい監督になったばかりでした。
それを知った母がどれほどほっとしていたことか。母はあの時代の人にしては珍しく、いくら名門校でも体罰には反対派だったのです。

母:「監督が部員をあんな風にぶったり蹴ったりおかしいわよ。口で言ってもわからないほど部員達は馬鹿なの?」

当時の私:「そうじゃないよ。でもそうされて痛い思いをして、緊張感を持って練習してるからミスしなくなるんだよ」

母:「そんなことしてたら自分の意思で強くなろうとか、勝とうとか思う子が育たないでしょ。びくびくしながらプレーしてばかりいたら、自主性が育たないでしょう」

中学生の頃部活を終えて疲れて帰ってきて、夕ご飯を食べながらこんな話を母とよくしました。とにかく母としては私がその名門校に行かせたくなかったのでしょう。

バレーボールだけを頑張っていればいいと思っていた中学生時代。女子ロシアチームのクール(冷)さが理解できなかった

日本の実業団の試合も国際試合もすべてリアルタイムで見つつ、録画して後から見まくるほど、寝てもさめてもバレーボールが少しでも上手くなることしか考えられませんでした。
ある日ロシアの女子チームの試合を見ていた時のことです。当時は今と変わらずロシア、キューバ、中国といった共産圏が強い時代でした。
私はロシア人選手達の厚化粧、特にロシアチームの司令塔イリーナ・パルホムチュック選手のアイメイクが気になって「なんでこの人達こんなに化粧が厚いの。バレーボール選手なのに」と言いました。
ロシア人にとっては珍しくもなんともないけれど、平たい顔族代表みたいな顔をしている私には、とても幅が広く見えた二重に塗られた淡いブルーのアイシャドウ。すると母がこういいました。

「あら、別にバレーボール選手がお化粧してもいいじゃない」

「いや、おかしいよ。バレーボール選手はバレーボールにだけ集中するべき。お化粧なんて無駄だよ」

「お化粧楽しんで、あそこまで強いんだったらそれでいいじゃない。女だったら綺麗にしていたいのは当然でしょう?」

ふうん・・・・。納得したふりをしつつ、納得がいきませんでした。今の私が当時の私に出会ったら、「スポーツだけできてもしようがない。女であることを楽しまなくちゃ!」と説き伏せていたことでしょう。

赤鬼vsクール・ビューティー

/>/p>ロシアチームの監督は「ロシアの赤鬼」というニックネームを持つカルポリ監督でした。そのニックネームのとおり、タイムアウトやセット間になると、顔を真っ赤にして選手達を怒鳴りつけるのですが、怒鳴られている選手達が全員しらぁ~っとしているんですよ。カルポリさんの話聞いてます?って中学生の私は思いました。特に主将のオギエンコ選手のクールさは際立っていました。

私は監督の話は大げさに頷きながら、はい、はい、といいながら聞くものだと思っていたんですね。

「この人達はなぜ忠誠・尊敬を表さないんだろう」

今思えば、そういう風に思うようになっていた自分は危なかったのです。

実業団に合宿に行って目が覚めた

高校に入ってからは、実業団に合宿させてもらったりしました。そこで見たものは、プロの世界で活躍するお姐さん達のスマートなバレーボール。そしてその隣のコートで体罰を振るわれている、自分達よりも早く合宿所入りしていた他の高校の部員達。
同じ体育館の中で同じスポーツをしているのに、明らかに二つの世界に分かれていました。
実業団の選手達はプロですから、やはり技も磨かれていますし、無駄がない。
そしてもう一つのコートで練習している高校生達を見ていて、私は母に散々聞かされてきた話の意味を、ようやく知ることになるのです。その高校生達は、監督に叩かれてもボールを至近距離から投げつけられても「ありがとうございます!」と言って、最敬礼なみに体を折って頭を下げる。
私はそれを見た時、寒気がしました。「名門高校で体罰に耐えている私達」という選民意識や自己陶酔を見てしまった気がしたのです。 叩かれていることに耐えている、そしてそれを見ているギャラリーがいることがさらに陶酔を濃くする。
そういうものこそが彼女達の強さを支えているのだと思いました。今まではそういうものを見ても「やっぱり強い学校はすごいなぁ」と指をくわえていましたし、耐える彼女達を見てかっこいいとすら思っていたのに、なぜかその日、その時は、自分が洗脳されかけていたことに気がついたのです。

http://www.flickr.com/photos/21023448@N02/2948127984

photo by Jeremy Wilburn


私の高校の新しい監督は努力、根性だけでなく、合理的な教え方をする人だったので、練習はきついけれどよく言えば「古臭さ」がありませんでしたし、今では本当にあの体罰をふるう監督ではなく、この監督のもとで練習ができてよかったと思います。洗脳されなくてよかった。