Wendi Deng Murdoch (8)強まる不協和音

世界有数の大富豪の妻となった中国人女性、Wendi Deng Murdoch(以下ウェンディ)。

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(photo courtesy of ap)

彼女と夫の関係の間に不協和音が聴こえてきたのは、彼女が「金はあっても品は買えない」タイプでその本性を夫のルパートが見破ってしまったからとか、そういう理由ではありません。溝は深まるべくして深まったのです。ウェンディのようなエネルギーを持て余している野心家を選んでしまったのはルパートの過ちですから、彼らに限らずどんな夫婦にも言えることですが、不協和音は二人で奏でたのです。最初からうまくいくわけがない二人でした。

セレブリティ達との交流

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最初の頃はタブロイド紙に取り上げられる有名人達のことをルパートとゴシップすることを楽しんでいた程度のウェンディも、やがてそのような雑誌において太字で表記されるような有名人達と交流を始めます。「アニー・リーボヴィッツと撮影をして・・・ニコール・キッドマンが夕食をしに来たの」という風に。
おそらく外見に気を遣うようになったのもこの頃からではないでしょうか。上の画像のように、シャイニーな長い黒髪という武器のメンテナンスにお金をかけるということは、結婚に持ち込むまでも、そして結婚当初のウェンディには思いつかなかったのですから。そして外見を磨かずともルパートの妻になれたということは、彼女がかなり手ごわい策略家であることもわかります。
自分の新しい名字が持つ強大な力、そして夫の金を最大限に利用し人脈を広げていく術を知っていたウェンディ。最初はセレブリティ達が作る輪の中で控えめにしていたのに、もともと持っていたエネルギーと好奇心の強さからでしょうか、セレブリティ達との輪の中心となり、その輪をどんどん広げていきました。ウェンディの知人いわく「彼女のブラックベリーはノンストップで鳴り続けていたわ」とのことで、ネットワーキングにも長けていたそうです。

必然的に生まれてしまったすれ違い

こうしてミセス・マードックとしての生活を謳歌するウェンディは、今まさに飛び立って世界を股にかけてビジネスを、遊びを楽しもうとしていました。ルパートのビジネスの発展のために、フットワークが軽い行動力のあるウェンディはグーグルの幹部達とも付き合い始めます。もちろんマードックという苗字がなければ相手にしてもらえなかったでしょう。
そしてWork hard, party hardのお手本のようなウェンディは夜遊びも相当楽しんでいたようです。マードックが稼いだお金をぽんぽん落としてくれるウェンディは、おそらくあらゆるところでVIP待遇を受けていたことでしょう。

Décoration YOU Night Club

こうして彼女の人生はピークに向かっていたのです。ところが夫のルパートといえば、ウェンディが楽しんでいるようなペースでの生き方をする歳ではありません。自分の仕事だけしたらあとは家でリラックスしたいおじいちゃんのようなものでしたから、ウェンディがパーティーから帰宅する頃、ルパートが起きて出勤というすれ違いの生活が始まります。二人で一つの人生をともに歩んでいくことはもはや不可能となっていました。

夫のブランドマネジャーではおさまりきらないウェンディ

2011年に起きた事件。イギリス人のジャーナリストがルパートにシェービングクリームで作ったパイを投げつけようとし、それに気が付いたウェンディは夫への攻撃を阻止するためにそのジャーナリストをたたこうとします。

この事件が起きる直前にも、ルパートのためにお水を用意したりと甲斐甲斐しくしていますが、もうこの頃(2011年)には既に夫婦関係は冷え切っており、これらの行動も夫への愛情からくるものというよりは、大富豪の夫との婚姻関係を維持していくためのパフォーマンスにしか見えません。
刺激的な日々が送れているのもマードックの妻という地位があってこそ。だけどウェンディは、ルパート・マードックそのものを自分の仕事としていた結婚当初のようにはもはや生きられなくなっていました。世界を股にかけて働き、遊ぶ彼女に翼を与えてしまったのは、他でもないルパートであることを考えると皮肉なものです。
もしもウェンディが彼のお金でショッピング、エステと日々優雅に遊んで暮らしたいだけの女性だったら、ルパートはもっと穏やかな結婚生活がおくれたかもしれませんが、ウェンディといえば、自分ならばマードック帝国をさらに強大なものにしていくことができると信じて疑わなかったビジネスパーソンでもありました。だからこそルパートは彼女に夢中になったのです。

仮面夫婦を演じ始めたルパート

筆者がこのシリーズを書くにあたり引用・参考にしているコラムそのものが、もしかするとウェンディに対する大きなネガティブキャンペーンかもしれませんので(ルパートはメディア王ですから、もはやどのメディアが彼の息のかかっていないメディアなのか筆者にはわかりません)、どこまで信用するかはおまかせしますが、マードック家のお手伝いさん達や、夫妻の知人達の証言によるとウェンディの暴力(言葉によるもの、肉体的なもの)があったそうです。ああ、やっぱりな・・・・と思ってしまうほどウェンディのイメージは悪いわけですが、それもこのコラムから得た印象ということは書いておきましょう。
マードック夫妻が友人達とともに食事をしていて、風邪をひいているルパートが皆で共有する大皿に自分の箸をつけようとすると「そういうことはやっちゃダメって何度言ったらわかるの!!」と皆の前で恥をかかせるように怒鳴る。そして下品なF爆弾の連続投下。知性も品のかけらもないヒステリックで暴力的な妻は、ある晩夫につかみかかり、夫はピアノにぶつかってそのまま倒れてしまい緊急で手当てを受けなくてはならなかったそうです。

中国の文化では、もしも私があなたに対して厳しく接し、批判をするということは、私があなたを愛しているということです。私は家庭ではルパートに対しとても厳しく、きついのです。しょっちゅう批判をし、叱ります。そして「私はあなたを愛しているからこういう風にしているの」と伝えるのです。成功者達は自分に対してよいことを言ってくれる人しか周りにいませんから、私は彼がどのようにより良い人間になり、何が間違っているのかを伝えるべき人間であると思うのです」


上に引用したのはウェンディが中国のTV番組のインタビューで語ったものです。インタビュアーも「たたくことと叱ることは愛があるからこそ」という中国の言い習わしについて触れましたが、これは中国でやっている分にはよいのでしょうが、アメリカでやったら傷害罪ですし、ウェンディの言い方だと言葉によるハラスメントにもなります。だけど相手はメディア王のルパート・マードックです。ヒステリックでやられっぱなしだと思いますますか?
幼い娘達が「自分達は幸せな家庭で守られて生きている」と感じて安心して暮らせるように、ルパートは仮面夫婦を演じることにしました。既述のインタビューでも、視聴者のほとんどが中国人で、また彼らの多くはウェンディをスターのように崇めていることをちゃんと知ってのことでしょう、しっかり彼女を持ち上げていました。
またウェンディが映画をプロデュースしたいといえば自分が所有するFox Searchlightを通じて配給し(それでも話題にはならなかった・・・)、一つの場面の異なる編集をすべて目を通したり、20通り以上あるストーリー展開をすべて読んで意見をしたりと、資金面以外でもとても献身的でした。だからこそのちにルパートが離婚を申請した際、ウェンディにとってはまさに青天の霹靂となってしまうわけですが、これはまた次回に詳しく書くことにします。
それから言葉によるもの、また肉体的な暴力はお手伝いさん達に対してもありました。引用元のコラムを読んでいると、ウェンディに対してよい印象を持っていたお手伝いさんの声が聞こえてこないことがよくわかります。
不協和音は激しい衝突を思わせるようなメロディから物悲しく静かなメロディへ・・・この仮面夫婦の終焉が近づいてくるような気配です。ここから先、メディア王ルパート・マードックの撤退戦略が始まりますが、それはまた次回にしましょう。