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Wendi Deng Murdoch(7)それほど長く続いたとは思えない二人の蜜月

SoHoにある約864平方メートルの三階建ての豪邸を改装していたため、仮の住まいである愛の巣はMercer Hotelのスイート。それがウェンディとルパートの新婚生活の始まりでした。

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画像はWendi Deng Murdoch's MySpace Problemからお借りしました

ウェンディ色に染まったルパート

新婚当初、「ルパートそのものがウェンディの仕事」とまで言われました。ルパートを幸せにすることが彼女の幸せ。ルパートの最大の味方だったのです。彼女がルパートに対してどれほど影響を与えていたかは、見た目の変貌だけからでもよくわかったといわれます。彼が白髪を染めたり、今まで外出する際はスーツ一辺倒だったワードローブも、ジーンズにタートルネックをあわせて、スニーカーをはくようにもなりました。
またルパートが中国出張に行けば、まず現地の支社の幹部の女性をプライベートジェットに呼び出して、ウェンディから預かったお買い物リストを渡すのです。そこに書かれているものは、世界屈指の国際都市のひとつ、ニューヨークですら手に入らない中国のものばかりでした。美肌効果があるといわれているスープを作るための鳥の巣、キャンディ、薬、そしてちょっとした食べ物。

大富豪であるルパートにここまでさせてしまうウェンディはたいしたものですが、二人の蜜月はそう長くは続いたとは思えません。

ウォールストリートジャーナルに暴露記事が掲載される

1999年に結婚した二人ですが、なんと翌年には自分の学生ビザのスポンサーになってくれたCherry夫妻とその一家を破滅させたウェンディの過去がウォールストリートジャーナルに載ってしまいました。

◆この過去について詳しく書いた記事:Wendi Deng Murdoch(3)残酷なまでに鈍いからこそ辿り着けた場所 - マリア様はお見通し

ルパートとウェンディは圧力をかけてこの記事をなんとかもみ消そうとしたにも関わらず掲載されて、ウェンディはこの記事が出るにあたり相当動揺したそうです。

その上海ガール達から見たらWendiさんは羨望の的です。2011年にBritish Vogueの取材を受けたWendiさんは、自分がCherry家にしたことについてたずねられた際、すべての質問に"Yep."のひとことで答えたそうです。
British Vogueとしては、絶大な権力を持つメディア王のRupert Murdoch氏の妻であるWendiさんに、黒歴史についてインタビューするのは彼女の急所を突くようなものだから、聞きにくさはあったでしょう。だけどWendiさんは黒歴史だとは思っていないのではないでしょうか。とことんドライなんじゃないかな。

(過去記事より抜粋)

2011年にはもうこのようにすっかり開き直っていたウェンディですが、新婚時代ともなると、いくらウェンディとはいえ自分が過去にしたことがルパートにこのような形でばれてしまい、当時ちょうど体外受精を受けていたウェンディにとってかなりダメージは大きかったと思います。
この記事の内容程度のことは、てっきり結婚前にバックグラウンドチェックをしっかりやっていて把握したうえでルパートは結婚したのだろうな、と私は思っていたのですが、なんとマードック一族は知らなかったそうです。そこでこんな暴露記事が出てしまったわけですが、ルパートと息子達は「疑わしきは罰せず」ということでそれ以上追及することはありませんでした。
疑わしき・・・ということは、ウェンディはルパートが最初追求した際否定したということですから、彼女にも否定する程度には羞恥心や罪悪感というものは備わっていて、赤い血が流れているのだなと思いました。
この女性なら僕の優秀な右腕として活躍してくれて一緒に攻めていける!と結婚を急いだルパートですが、もしかすると既にこの結婚翌年の暴露記事で「とんでもない女と結婚してしまったのかもしれないな・・・」と覚悟はできていたのかもしれません。

徐々に本性と欲を出し始めたウェンディ

結婚するまでと新婚時代は「優しい中国人女性」という分厚い猫をかぶっていたウェンディ。子供もいらないと言っていたのです。ルパートは結婚当時既に子供を作るには高齢であったし、ウェンディが子供を作りたがればルパートの遺産争いが泥沼になるのは必至でしたから、自分が欲しいもの=富豪の妻の座を手に入れるまでは控えめにしていたのでしょう。
ところがいざ結婚すると徐々に自分の要求をはっきりと主張するようになったのです。
「子供がほしい」
賢い彼女のことですから、急にあつかましく声を上げ始めたわけではなく、それなりに時間をかけて交渉に持ち込んできました。そして子供ができると、今度はルパートの他の子供達と同等の権利を自分との子供にも与えるように主張するのです。そのため長女グレース、そして次女クロエが産まれたそれぞれの年の翌年に、Post-nuptial agreement(婚前ならぬ婚後?契約書)が交わされています。2002年、2004年の計二回。守るべき財産が大きすぎるルパートが守りに入った証拠です。

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一方、ウェンディという強力なサポーターを手に入れれば、中国を足掛かりにフィリピン、東南アジア、インド、そして中東のTV放送市場も手に入れられるという野望で盲目になっていたルパートとは違い、前妻のアナはしっかりとしていました。

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アナの内助の功はルパートが財産を築き上げていくうえで欠かせない存在でしたから、彼の莫大な財産をしっかり半分まきあげて離婚することもできたのに、彼女は二、三百億円の慰謝料を受け取り、自分の息子達をマードック帝国の相続人にすることを正式に記すという条件のみで離婚したのです。いずれウェンディが子供を欲しいと言い出すことなど簡単に予想できたからこそ、息子達の権利を守っておきたかったのでしょう。

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Old vs New China

ルパートがウェンディに惚れ込んだのは、公私ともに強力なパートナーになってくれたから。ITに疎いルパートのために彼の業務時間外のeメールをさばき、News Corp.社が未来を見て変わっていかなくてはならない部分に力を入れ、二人三脚による駆け出しはなかなかスムーズに行ったでしょう。だけど実は彼女が舵取りをした肝心な中国での計画はそれほどうまくいきませんでした。
ルパートが所有するStarTVが西側メディアを歓迎しない中国市場に参入していくにあたり、力強い後ろ盾になってもらおうと、ウェンディは有力者達の子息にとり入ってみたりするのですが逆効果になったり、あるいはかつて勢いのあったSNSである"MySpace"のチャイナ版も、彼女が中心になって売り込んでいく予定だったのに、結局MySpaceの創始者の一人であるChris DeWolfeとの不倫関係が噂になっただけで肝心な戦略はうまくいかなかったりと、この結婚でメリットがあったのはウェンディだけなのでは・・・・?とすら思えてきます。

 そしてマードックという苗字と目もくらむような単位の金、マードックの人脈を手に入れたウェンディが、この結婚生活の中でそれらをどのように利用して、夫との間に溝ができていくのかはシリーズ(8)で書きたいと思います。

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