マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

悲しき引退 小さな女心はこんな風にしょうもないことに傷ついています


どんなに幼かろうと、女は生まれた時から女なのです。ですから大人が「まさかそんなことで!」と思うことで、小さな女心を痛めているのです。


私は三世代同居の家庭で育ちました。ですから祖父や祖母と多くの時間を過ごしました。
祖母が語る御伽噺を聞いて眠りにつく。
遊ぶ時は祖父の自転車の後ろに乗って線路まで行く。一時間に一本(厳密には下り・上り合計で二本)通る電車を待ちながら、線路の近くで祖父と一緒にバスケットいっぱいに土筆を採った日々。

「あ、電車が来る!」
私は貨物列車が近づいてくると立ち上がって手を振ります。すると運転士さんが汽笛を鳴らしてくれるのです。

こんな風に育った幼い頃、祖父はお風呂上りに居間に来てうつぶせになり、「まりあ、乗っかってくれ」というのです。そして私は言われたとおり、まずはうつぶせになった祖父の足首のあたりにのり、そこからゆっくりと祖父の体を踏んでいきます。

「おじいちゃん、痛くないのかな?私、重くないのかな?」と最初はおっかなびっくり踏んでいた私も、自分が祖父にとって「痛気持ちよいと感じるちょうどよい重さ」なのだと知ると、乗るのが怖くなくなりました。

ふくらはぎ、太もも、お尻、背中、とゆっくり踏んでいきます。

「まりあはちょうどいい重さだなぁ」

そういいながら気持ち良さそうにする祖父。そして私が踏み終わるとありがとうといって寝室に引っ込んでいくのです。
だけど私にもその「人間ローラー」的な役割を引退する日がやってきました。
7歳の時でした。

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photo by w00kie


「サル、乗ってみてくれないか?」

ある晩祖父は、私の弟・サルにそう声をかけました。そして弟が乗ると気持ち良さそうにしていました。その晩以来、祖父の体を踏むのは弟の仕事になりました。

そして「おまえはちょうどいい重さだなぁ」という言葉は、弟にかけられるようになりました。

「私はもう重すぎるのか・・・・」

その事実がショックでした。


当時私が元気がないことに母は気づいていたようですが、私はその理由をいえませんでした。なんか恥ずかしかったのです。
今思い返してみると、随分些細なことでくよくよしていたのだなぁと笑い飛ばせますけどね。当時は深刻な問題だったのです。