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マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

結婚を踏みとどまってしまう宗教と、障害にならない宗教



交際相手と結婚を考え始めた矢先、その人がある宗教を信仰していることがわかったとしましょう。 その宗教団体の名前を聞いて結婚を踏みとどまるか、それとも全く障害にならないかの違いは、以下の二つではないでしょうか。

1.教団の評判
2.宗教上禁止されていること/ものが、自分にとってはあきらめきれないものである


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1.創価学会

K子さんという女性のお話です。
前のご主人とは共働きでしたが、気がつくと口座にお金が残っていないということが続き、日々の食事にも困るようになり始めました。そして預金の使途先をご主人に問いただしたところ、自分の母親に渡しているとのことでした。
なぜお義母さんに?と問い詰めると、学会に寄付しているというのです。
お義母さんはパチンカスでした。ギャンブル依存症を克服したくて宗教にすがったのか、それとも依存症と信仰は無関係なのかはわかりませんが、なんとK子さんはこの時になって初めて自分の夫が創価学会員であることを知ったというのです。

「もうびっくりで。でも今になってみるとそういえば・・・・って思うんですよ。結婚前につきあっていた時にどこの大学に通っていたのかたずねても、はぐらかされちゃうんですよ。それでこの間お義母さんの話になった時にじゃあもしかしてあなたも創価学会員?って確認したら、なんと高校も大学も創価で・・・もうそれって筋金入りってことですよね」

恋は盲目といいますが、結婚を決めたら目を皿にしてみなくてはいけないものもありますよね。
高校も大学も学会が運営しているところに通っていたことを隠さざるを得なかった元ご主人の気持ち、わかりますか? 自分が信仰している宗教が世間でどういう風に見られているのかわかっているからこそ、言い出せなかったのです。
こういう宗教はやっぱり結婚の障害になるでしょう。結婚はするけど学会の活動はあなただけ行ってね、私は知りませんってわけにもいきませんものね。だから学会員同士で結婚するのが幸せでしょう。

創価学会村と呼ばれる「信濃町」を歩いてみました(東京DEEP案内) 

この街に生活の香りがしないのは、住人が逃げたからというのは頷けます。大勝利カラー饅頭が怖い。

信濃町(アンサイクロペディア) 
※アンサイクロペディア:冗談がわからない人は読んでも面白くありません

創価学会員じゃないぼくが語る、雑誌「第三文明」の魅力(プロブロガー・イケダハヤト氏)
やっぱり原稿料いいんだ・・・。学会は資金が潤沢なのね。

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2.モルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)

http://www.flickr.com/photos/56886057@N00/8709227191

photo by Kuruman


この宗教の教えで摂取が禁じられているものはアルコール、カフェイン、煙草。その他婚前交渉も禁じられています。
ということは、改宗したら今まで送ってきた生活の中からこれらが消えるだけでなく、これらが集まる場所にも顔を出しづらくなるということです。 これらが自分の人生から消えても構わないけど、今までこういうものを一緒に摂取してきた人達と疎遠になるのは寂しくありませんか?

例えばあなたはイスラム教徒の友達と食事をしていて、その人の目の前でソーセージの盛り合わせを食べたりしませんよね(イスラム教では豚を食べることが禁止されている)?
そんな感じで今までつきあってきた人達もあなたに気を使うようになるし、お酒を介さないつきあい→じゃあコーヒーショップで→あ、コーヒーも駄目なんだっけ→ココアをいただくからいいわ、というのが心苦しくなって、必然的にお互い気を使わなくてもいい教会員同士でつきあうのが一番楽になります。

また敬虔なモルモン教徒と結婚する場合、生まれてくる子供も教会員として育てることになります。とすると結婚相手だけでなく自分もかなり熱心な教会員じゃないと、家族みんなが幸せになることはできませんよね。
自分は信心深いタイプではないけど、好きになって結婚する相手がモルモンだからまあしようがなく洗礼を受けました、みたいな女性はこうなってしまいます。

子供: ねえ、なんで僕はみんなみたいにコーラを飲んじゃいけないの?
母親: だってモルモンだから。


そんなひとことで片付けようとしても、子供は納得しないでしょう。だけど心から信じていない宗教に対しては、人間なんてそんなものです。まあどうして駄目なのかはわかんないけど、駄目って言われてるんだからしようがないんじゃない?でおしまいですよ。そもそも興味がないのですから。
だけどあれも駄目これも駄目と言われても、それを制約とは少しも感じず、むしろ愛する人とともに心身ともに健康的な生活を送る幸せを感じよう!みたいに考えられる人にとっては、この宗教は障害にならないでしょうね。

ちなみにうちは夫がカトリックとして洗礼を受けていますが実質的には無宗教、私は生家が浄土真宗です。

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