マリア様はお見通し

普段は何も見えていないふりをしながら、善人面して静かに暮らしています

ゴールデンウィークとは無縁の半生 そしてこれからもずっとそうです



兼業農家に生まれ育ったため、幼い頃からゴールデンウィークを休暇として楽しんだことがありません。 普段はサラリーマンとして働き、四月に入ると土日は田植えの準備に費やし、そしてゴールデンウィークでいっきに田植えを終わらせる。私の田舎はこんな風にみんなゴールデンウィーク返上で田んぼ仕事に精を出すのがあたりまえです。
ですから幼い頃、ゴールデンウィークだからといって遠出をした記憶がありません。ゴールデンウィーク明けには同級生達があそこに行った、ここに行ったと楽しそうに話しているのに、私は「黙々と育苗箱洗ってた」とは言い出せず、密かに心の中で同じように育苗箱を洗っていた同級生を探し始めるのです。
社会人になってからも、ゴールデンウィークだからといって自分だけ旅行に出たりするのがなんだかうしろめたくて、帰省して田植えを手伝うことが多いです。それに夫はアメリカのカレンダーに沿って働いているため、現在でもゴールデンウィーク=休暇というイメージがもてません。

 

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昔は同級生達が羨ましかったけど、社会人になってからは帰省して自宅の敷地内で育苗箱を洗いながら、田んぼを見ているのも悪くないなと思えるようになりました。田植え機に乗っている父が見えて、そして父の向こうには、自分が小学生の頃体育の授業でスキーを滑るために登った山が見える。

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そしてその山は、社会人になってからは帰省する度に友人達と車で上って行くんですね。そしてその山の公園で、満天の星空を肴に飲んで歌って騒ぐ。誰にも聞こえないから気持ちがいいんですよ。小・中学生の頃は何の魅力もない公園だと思っていて寄りつきもしなかったくせに、大人になってからはそこに行って皆で夜景を見るのです。
私達が幼かった頃繁華街としてにぎわっていた地域の灯りはどんどん消えて、その灯りはどこへ行ったかと、皆郊外の方です。田舎は車社会ですから、広い駐車場がないと集客できない。
郊外に大きな娯楽施設ができて、越後平野の田園風景にはこれっぽっちも似合わない横文字のアパートやマンションが建ち、病院ができる。そして私の実家のあたりはどうだろうと見おろしてみると、見捨てられた農村にぴったりの様で、すっかり暗くなって、その地区全体が寝静まっています。
昨年から田植えも稲刈りも、業者に委託し始めたので、私が帰省して手伝うこともなくなりました。
10枚洗ったらまとめて縛りあげて、それを並べていくという育苗箱洗いが懐かしく感じられます。無心で洗っている最中にふと気配を感じて、重ねた育苗箱の方に目をやると、箱の上で一羽のカラスが羽を休めているんですね。こちらから近づいていっても逃げないので、その隣に座って私も休むのです。不思議なことに、毎年この光景を見ます。毎年同じカラスなのかなあなんて思ったりね。